ということを
つくづく感じます
この怒るは以下の言葉に置き換えておけ〜
叱るでも
呆れるでも
おけ〜です
ちよっと前に
学生時代の友人とランチ〜
そこで友人が
叱ってばかり
怒ってばかりで
感情がコントロールできなくて
本当イヤになる…
そこまで子供達にキツく言わなくてもいい
って分かってても
キツく言ってしまうんだよ〜
と言いつつ
半分もう諦めてるけどね、、、
と言ったので
(この友人の子供達とも私は仲良くさせて貰っていて
各子供たちのキャラクターは把握済み)
えー子供っちが悪いことしたら
親が怒る叱ることは必要でしょー
悪いことしてないのに
叱りつけるは虐待だけど
悪いことしたら怒らなきゃ
そのあとでちゃんと許してあげたらいいんじゃない?
たださ〜
許すって感覚が潜在意識のなかにない人は
なかなか許せないだけどね〜
と適当に(というかお客様じゃないから…というか
本音というか素の意見というか)
伝えたら
「私、許すって感覚が分からない‼︎」
と、泣き出してしまった〜((((;゚Д゚)))))))
あちゃ〜〜やってしまったわ
でもその友人のお母さんは確かにキチッとしてるが
虐待するようなお母さんでもないのも
私は知っています!
ではどうして許しの感覚がないという
錯覚、愛の記憶喪失⁉︎
が起こるのでしょうか?
それは
顕在意識が育ち始め
理性知性が芽生えてるんだけど
未熟で完全に言葉が通じない時期は
つまり5.6歳ごまでは
記憶のプログラミングが大人と違うことにあります
粗相をしたときや
周りの期待に応えられなかったときに
その周りの人間の表情で
その人の気持ちを汲み取ります
そしてその想像したことを
実際そうだったと事実として
記憶してしまうから!なのです。
自分を受け容れてくれてるか?許されているかは
お母さんの表情で判断してると言われます。
お母さんが
笑顔で「あー、しょうがない子ね〜」
というのか
無表情で「子供のやることにイチイチ目くじら立ててちゃいけないわよね〜」
と言うのと
どちらが許されたと言葉の通じない子供は
思うのでしょうか?
もちろん言葉が理解できるようになっても
ごめんなさいと謝罪しても
じゃ次から気をつけなさいよ!
という言葉もなく
放置されていたら、それも許しの感覚は
薄いまま大人になってしまいます。
んじゃ、どうすれば!?
というご質問がくると思いますが
催眠療法の年齢退行療法を受けるのが一番早い!
なんてたって別名ゆるしの療法ですからね。
また別記事で詳しくお話ししますね。
無意識のなかに
親をゆるせない
または自分をゆるせない
という人より
自分がゆるされているという感覚がないという人のほうが多いんじゃないかな?
これは珍しい訳ではありません
許しの感覚が潜在意識のなかにないのも
不安緊張状態なので
自律神経を乱します
こういう私も自分を責めてばかりでしたしね
自責が強い時はアレルギー症状が酷かったな〜
ただ私の場合
幼少から大人まで
親が必ず許してくれた感覚があります
よく兄とケンカしたんですが
窓ガラスを割ったり物を投げたり
叩いたり蹴ったりと派手なものでした…汗
すると父が怒って
私たちを物置に入れました
夏ですけどね
あちゃーお腹空いたな
テレビ観たいな〜と思ってると
母親が「もういいから入りなさい。
お父さんに謝れば入ってもいいよ。」
と声をかけに来てくれました
その記憶は鮮明に今でもよく覚えてます
(調子者の私はこれ幸いと直ぐに家に入ったんですが
頑固で正義感が強く精神力が半端ない兄は
「お母さんじゃなくて、ここにいろ!と言ったお父さんが入っていいって言うまで僕は入らない!」
とそれはそれで母を手こずらせてました…その違いも
多分母が兄を産んだ時は頼る人もおらず笑顔で接する余裕がなく
第二子の私のときは心の余裕があり笑顔か多かったので
私には許しの感覚がバンバン潜在意識に残ったのでしょう)
どんな親不孝をしても
最終的には許してくれた両親でした〜
ただ件の兄はなかなか許してくれませんでしたがね〜
やっぱりこうやって考察してると
許しって癒しの一つじゃないかな〜と
思います。
特に女性が得意の癒しのひとつではないかしらん?
よく怒らない叱らない子育てってあるけど
本当にそれでいいの⁉︎
お父さんが怒って
お母さんが許すっていうのが
昭和だったんだと思うけど
今はどちらかが分担するなり
1人二役すれば良いのではないでしょうか?
叱る叱られるという関係は
親子関係だけじゃないですからね
これから親子関係以外の社会生活がひろがり
先生と生徒、友達同士、先輩と後輩
部下と上司、仕事でのお客様
あ、夫婦関係もそうですね〜笑
そりゃ叱られないで生き抜くって不可能じゃない?
理不尽なことでも
濡れ衣被せられることも
どんな人でも一度はあるじゃないかしら?
でも親が叱られる、怒られること(暴力は伴わないこと)と
許されることをセットで
体験させておけば
怒られることと許されることに免疫がつけば
信頼しあえる人間関係を作りやすくなると思います。
「この人は.私のことを想って注意してくれてるんだ」
って前向きに捉えやすいですし。
私は許しの感覚のおかげで
社会人になってから何度も何度も叱られましたし
理不尽に怒られもしましたが
それで相手を恨むとか人間不信になったりは
しないで済みました。
何より精神的に健康ですし
鷹揚で寛容な人なほうが
生きやすいですよ
だいたい全部お互い様
私だって許せないって
思うことはないわけではないけど
絶対誰かに許せない行為をしてない!
と強く言い切れないうちは
お互い様の精神でいようと思います。
でも怒れることがあったら
外にちゃんと出しますよ!
というかいつも簡単に出てますね、ハイ。
私が怒ってるときにいる周りのみなさん
ごめんなさい〜でもその後すぐに笑ってるから
許してくださいね〜笑
自分は怒りを覚えていると
客観視できてるからこそ
顕在意識が許せるんだと思います。
あれ〜また話が難しくなっちゃいました〜!(◎_◎;)
とにかく
「私、怒ってばかりでヤになっちゃう〜」
「家族や職場の人間関係にイライラします〜」
ってかたに怒ること、怒りを覚えることは
全然悪いことじゃないですよーつてことで〆!
松風(ロングコートチワワ 男性5歳)さんに
怒っては許しの繰り返しらしい〜〜
この瞳で見つめられると怒ってても
許しちゃうらしいです(^^;;
松風もきっとゆるしの感覚があるから
犬よりも人が好きで人懐っこいんだねー