こんあいば。
翔くん、8月6日、広島に行ってたんですね。
勝手ながら、お礼を言わせていただきます。
はなしを聞いてると去年は長崎に行ったのかな?
先月、祖母のうちに行った時に、いろいろな話を聞いたといったことの中に、
この原爆のはなしがありました。
はい、祖母は被爆しています。
そして、当時、0歳だった母も被爆しています。
私は第2次被爆者です。
母が被爆者であること。
祖母の実家である広島へ、空襲のひどい大阪から疎開し、被爆したことを
知ったのは、私がいつごろだったのでしょうか?
郵便受けに届いていた郵便物に、被爆者健康診断の通知が届いていたからだったと思います。
でも、母は被爆したといっても、まだ乳幼児のことで、何も覚えていません。
とくに、何かを聴くということはありませんでした。。
今回、祖母宅へ行って、ふたりで話したときに、祖母は
疎開して、やっと落ち着いたころに、被爆をし、
そこから、長野の親戚の家まで母をおぶい、何日も歩いたこと。
母の髪の毛がすべて抜けて、女の子なのに、生えてこなかったらどうしよう、と
とても心配したこと。
母が結婚できたこと。
孫の私たちになにも障害がなくてすごく安心したことなど
いろいろなことを話してくれました。
祖母も、今回病気をしたりして、考えるところがあったのか、
私に話せたことをとてもよかったと言ってくれました。
毎年、記念式典のときには、祖母は祖母の姉と参列していたのだそうですが、
ここ最近はさすがに、身体がついていかなくて、参列していないそうです。
そんなときに、翔くんが今年は参列してくれたんだな、って
勝手に感じたりしてしまいました。
翔くん、ありがとう。
そして、まだ、原爆記念館にも足を踏み入れたことのない私ですが、
いつか、必ず行きたいと思います。
そして、自分が聴いたこのはなしをここで書けたこと、
祖母から聴いた話をきちんと覚えていて、次へつなげていけたらな、
と思いました。