現在のやることに集中できていないときに限って、漠然とした将来への不安がおおきくなる。気にしないで今を生きること。そうしないとせっかくの「今」そのものがだめになってしまう。
集中しないと、何事もすばやくできない。すばやくしないことにはどんどん大切な時間が削られてしまう。「Geschwindigkeit ist keine Hexelei」ということわざ?を聞いてくすっと笑ってしまった。でも確かにそうだなあ。歩く早さも少し速度をあげてみよう。
何が正しいか何が不正解かはさっと見極める。
そこらにいる人たちがなんと感じようとしったことではない。5分後には無責任にもたいていの人たちはみな忘れているのだから。そんな人たちに気に入られようとしない。この国ではそんなことまで気遣っている必要はないし、むしろ足を引っ張られるだけだということをつくづく感じる。大切なのは自分の周囲の縁の深い人たち。
あ、ここのドアに鍵がかかっている、もうだめだ!と思った場合でも、ここは日本でなくてドイツだから、”厚くて重たいドア”をもう一押ししてみること。どこかに小さく呼び鈴がないかさがしてみること。
重たいドアを叩き壊して踏み倒して入り込むくらいの度胸がないと、とにかく何とかして可能性をさがしてみること。
あるいは、まったく逆の裏から入り込むとか、ドアを押すのでなくて引いてみるとかさまざまな方法を試みてみること。
そうしないとこの土地では生き抜いて自分を実現してゆけない。さもなくばとてつもない強い味方(たいていはお金)がそばにいるかだ。
日本のように、遠慮しながら、おっかなびっくりしながらもなんとか自分の意思を伝えれば、いろんな方面からいつのまにか援助の手が伸びてきてきちんと誰かに助けてもらえるような甘い土地ではないから、
こちらがおずおずとした態度で言ってみて、その結果「だめです」という木で鼻をくくったような(たとえば役所など)回答を真に受けてあきらめたら、そこで
道は閉ざされてしまうことになる。 そしてどんどん狭いところへ追い込まれていってしまう。
それこそ、彼らの思う壺なのである。みな自分の仕事が楽になることしか考えていないのだから。