今年の2月に書いたこのブログ
から。
ハードロックやヘビーメタルは傍からなんといわれようと私にとっては心の「癒し」である。
あの音響に全身を浸していると安心するのだ、まるで積乱雲のなかに包まれているみたいだ。
実際には稲妻のなかにいると速攻で感電死すると思う(これは本当か?)
ハードロックの場合はその雲の中にいると、逆に彼らの音楽からエネルギーを充電できるのだから不思議だ。これは理屈では説明できない。同じ感覚を持つ人だけにしかわからないのだから、ちょっと残念。
と書いていた。
確かに、私はハードロック、メタルやハードコアで救われたと思う。
私自身が20年間かけて築いた(きちんと税金をおさめてこつこつ薄給ながらもまじめに働き続けた)社会人としての立場(日本での)をすべて投げ捨てて、いわゆる「レール」からさっさと降りて大学生のころからずっと憧れていた都市ベルリンでもう一度勉強しなおそうと、老いて弱りつつある両親や、7年間付き合った彼氏を日本に置き去りにしてベルリンにやってきた事も、
12歳から20年間かかった内気な人間からの脱皮も、結婚適齢期ぎりぎりに焦って親族一同から反対された年下の男(これがまあストーカー、DVでケチというとんでもない人物だったが、たぶん私と相性が悪すぎたせいで、他の女性と一緒になったらそういう症状が出ることもないだろう、と思っておく。)
と結婚式も挙げないで、貧乏な結婚生活をおくり挙句の果てに足を洗いたくて2年もたたぬまに逃げ出した。(おまけといってはなんだが、その際相談に乗ってもらった元夫との共通の知人女性には、信用しすぎていたという態度のためかすっかりなめられて、別れ際に10万円ばかり騙し取られた、というおまけつき。ろくな人に会わなかった時代だった。)その結果かなり傷ついた自尊心を癒す事も、
これらすべての、突拍子もない行動はすべて、
内的な壁にぶつかって窒息してしまいそうだった私自身を無意識に、その狭い場所から外へともっと息をしやすい場所へと救い出すジャンプ(跳躍)だった。
いずれのジャンプの際にも、私はロック音楽にどれだけ助けられたことだろう。
もしこの寡黙な友(ロック音楽)に私がめぐりあえなかったら、ひょっとしたら今頃、私をとりまく現実を認められなくて適応できなくて、自分の幻想に沈潜し始めたに違いないと思う。
その結果、精神病院にとじこめられ薬漬けになって二度とこちらの世界にでてこれなかったかも、と思ってぞっとすることがある。それくらい、20歳から30歳前後まで、自分の精神状態をいつも平静に保ち、まともな社会人のペルソナをかぶり、社会に適応する(適応したふりをし続ける)ことは並大抵のことではなかった。
私は鍵っ子の家庭の長女ということもあったのだろうが、小さいころからいつもなんらかを無意識のうちに抑圧していたとおもう。(自分で言うのもおかしいが、高校生までは絵に描いたような優等生だった)それらの抑圧をすべて振り捨てて、おもいきり開放してくれるもの。
それがハードロックだった。あのものすごい振動であるドラムやギターのうなりに満ちた音楽を初めて聞いたときのあの胸のつかえがすーっととれたような言いようの無い開放感は、筆舌に尽くしがたいものがある。
だからハードロック、ヘビーメタル、ハードコアなどの音楽には感謝しても感謝しきれない恩がある。これからもずっと私は彼らのよき友であろうと思う。