『懐かしさの、その先へ。聖地で見た“覚悟”』/伊藤美保 | Eins:Vier Official Blog

『懐かしさの、その先へ。聖地で見た“覚悟”』/伊藤美保

大阪MUSE2daysを観に来てくれていた元[BANDやろうぜ]編集部、現在フリーランスの編集・ライターである伊藤美保さんから思いのこもったレポートDay1が届きましたのでご紹介させていただきます。 ありがとうございます!
 

『懐かしさの、その先へ。聖地で見た覚悟

 

 2018年4月14日、大阪ミューズ。ツアー“Searching For You”のライブに行けたのはこの日・この会場が初となった。情報は入ってきていたのだが、100パーセント音楽と向き合えていた「あの頃」とは環境が諸々と異なり、ここに心身の照準を合わせるのに時間が掛かってしまった。現に仲間内では多忙でツアー参加をあきらめかけている人や、子育て中のため新譜のみを楽しむという人もいる。だからこそ、実際ライブハウスに足を運べることは「日常」ではない特別なことなのだと今は思う。

 現在のアインスフィアをまっさらな自分の感性で受け止めたいと思い、新譜『Searching Red Light』もまだ聴いていないし、レポートやインタビューなどの情報もいっさい入れていない。そんな状態で東京から新幹線と地下鉄を乗り継ぎ、いざミューズの扉を開くとそこにはフロアいっぱいの観客とその期待感とでむせ返るような空気に溢れていた。

 Eins:Vierの懐かしいロゴの黒いバックドロップ、そして懐かしいSEに心の波がどんどん大きくなる。厳かに「Words for Mary」が始まると「おおおおお」という感嘆が漏れてしまった。漏れてしまって全然構わないのだが、筆者を含めオーディエンスの多くはやや緊張気味にステージを見つめていたように思う。アインスの地元であり聖地ミューズでのライブ初日ということもあってか、2018年の現在に彼らが目の前で演奏していることが信じられないような心持ち半分でステージを凝視。SNSなどではツアー初日から歓喜の声が流れていたようだが、地元でこの日を待ち侘びた人も多かったのではないだろうか。

 2曲目で早くも最初のピークを迎えるかのような選曲に客席は色めき立つ。「いきなり『Not Saved Yet』来る!?」「序盤からこんな名曲聴けていいの?」など、嬉しさと同時にちょっとしたパニックのような心情も。「名曲」と書いたが、アインスに名曲でないものなどない。ただ、かつてはこれほどまでの必殺チューンを並べるようなことは敢えてしなかっただろう。間髪入れず演奏され続けるベストオブベストの構成に、再始動に懸けた彼らの気迫が伝わってくる。

 「ただいま大阪!」

 笑顔のHirofumiが地元大阪に向けて短くあいさつし、また怒濤の演奏がEins:Vierワールドへと皆を引き込んでいく。

 綿毛のように金髪をふわりふわりと舞わせながらLunaがしっかりと地に這うような低音を奏でる。他のどんなプレイヤーにも似ていない、そのベースを皆が好きな理由がわかる。彼の音は「粒」というより「うねり」に近く、血潮のように自然に身体を流れる。時に動悸や不整脈をも起こさせるような起伏あるフレーズを織り交ぜながら。アインスの曲をリズムから覚える人も少なくないのではないだろうか。観客のジャンプやブレイクがきれいに揃うのもLunaのベースあってこそのものだ。ベースラインだけでも歌える芯の強さ。そこに絡むことでYoshitsuguのギターの華が咲く。シンプルで印象的なリフをリバーブで際立たせるのがアインス・サウンドのひとつの特徴だと思っていたが、最も進化していたのはより多彩な音作りと、1本のギターが奏でているとは思えない深み、まろみ、そういったところではないかと思う。円熟、という言葉はまだ使いたくない、チャーミングさも健在。惚れ惚れするようなプレイで耳も目も釘付けにしたあと、ニッと口角を上げてファンの声援に微妙に応える。彼にこんな艶気を与えたのは何者だ? それは、プロのギタリストとして場数を踏んできた彼自身の経験に他ならない。

 「Kiss is sleeping pills」「メロディー」など、どの曲もイントロが鳴るたびに会場中からどよめきにも似た歓声が上がる。だが、しばらく「生身」では会えなかった愛おしい友人や恋人に会うような恥ずかしさがまだそこかしこに漂っている。そんな、長年放浪してきた旅人(観客)たちの心を、Hirofumiの声が少しずつ潤していく。

 Hirofumiの歌は昔も今も優しい。彼自身、曲が進むごとにどんどん声が温まっていき動きも激しさを増していく。オリジナルメンバーで最も変わらないのはHirofumiで、体脂肪は1桁台かというほど肉体は引き締まり、カリスマの風貌でステージ中央に立つ。だが近づいてみるとその目は少年のようにキラキラと輝いていていつもわたしたちを安堵させてくれる。メジャーデビュー(1995年)以降は、サングラスで表情をカモフラージュしたり伏し目がちになったりする彼の姿も見てきた。しかし今回のライブは、彼の瞳に一点の曇りもなかった時期の曲が多く選ばれている。それがまたわたしたちを嬉しくさせる。

 メンバーが選んだ曲たちはもちろん我々リスナーにとっても思い入れの深い曲であり、その曲とともにある景色や感情を、現在目の前で繰り広げられているライブを見ながら思い出すというミラクルを起こしていた。

 「and I’ll」「Nursery tale」と、アインス独特の物語のような歌詞と音に引き込まれながら、記憶の扉、心のパンドラの匣がはじけるように開いていく。LunaYoshitsuguが衣装を翻しながらくるりと回っていたこと。堅実に支えていたAtsuhitoのドラム。メジャーデビュー発表ライブで特効のきらめきとともに溢れた涙。日本武道館などのイベントで見せた堂々たるステージング。そしてライブ会場でいつも会っていた人たち。お客さんだけでなく、ミュージシャン仲間、関係者にも彼らはとても愛されていた。筆者がアインスと出会ったのは1992年の晩秋、音楽誌『BANDやろうぜ』(宝島社)の編集者としてであった。フリーになった後もFOOL’S MATER&R NewsMakerなどで執筆させてもらったが、アインスのライブ後はいつも同業者らと、あの曲が最高だった、いやあの曲が素晴らしかったなどと激論を交わした。彼らは、今日のアインスを見て何と言っただろう? 姿は見えないが、大作さん、ボビー湯浅氏、東條さんらも、どこかで見ているに違いない。とくに東條氏(FOOL’S MATE)は人を褒める天才だった。楽屋や中打ち上げで開口一番「最高でしたよ!」と大きな両の手を差し出し、メンバーと固く握手した。その瞬間のとろけるようなLunaの笑顔を何度見たことか。あんな表情にさせる、東條氏の人褒め術に嫉妬もしたし、アインスの原稿をどちらが書くかで大喧嘩したこともあった。彼の死後、とある「東條さんに褒められることが生き甲斐」だったというアーティストから「東條さんだったら、何て言ってくれたと思いますか?」と訊かれたことがあり、自分の無能さに絶望した。どんなに音楽が好きでどんなに感動しても、あれほどメンバーを喜ばせるように全身で表現することは自分には出来ない。だからこそ文章・編集という手段を選んだのだが、媒体がなくなった現在ではそれを発揮することも困難。こんな時こそ、東條さんならどうしただろう、彼らにどう伝えただろう?と考える。あの頃より感慨深さの増したこのツアーを見て思いを共有したかった。「今のアインスフィア、最高です!」とメンバーに伝えてほしかった。

 しかし、東條さんほど上手くなくとも、いま生きているわたしたちには「最高です」と伝える手段がある。まだ、時間は残されている。それは少しでも多くの時間を共に過ごすこと。できる限り彼らの活動の場所に駆けつけること。ともに歌うこと。

 後半に差し掛かり、Lunaが「正直、大阪どうしたん?と。ライブ始まってしばらく、今回のどの場所よりおとなしかったで。たのむで、大阪!」と、関西弁でけしかける。その顔は笑っていたが、地元大阪に期待していたのはメンバーも同じなのだ。強すぎる思い入れを声援に変え、本編終盤はやっと聖地らしい熱気でステージと客席との体温が混ざり合っていく。

 衣装のシャツを放り投げ、精悍な身体を露にしたHirofumiが吠える「L.E.S.S.O.N.」、その壮大さに精神がトリップしかけた「In a void space」。そこへ畳み掛けるように「In your dream」が。まるで永遠のごとき名曲の泉に溺れそうになりながら、最後は全員がひとつになって歌う。どうせ引き裂かれるのなら 夢の間に−−”。以前ならば関係者らは後方でこの光景を一生懸命メモに取っていたところだが、今は違う。墻壁は取り払われた。どんどん大きくなる歌声を指揮するようにHirofumiが腕を思いきり振る。LunaYoshitsuguも全身で声を受け止める。僕はあなたと死にたいという最後の歌詞をまるで打ち消すようにHirofumiがもう1コーラス、2コーラスと求める。今はあなたたちと生きたい。双方そう想い合っていることを確かめるような本編ラスト。まだ終わりたくない、このまま一緒に歌い続けていたいという余韻を残し彼らはステージをあとにした。

 

 沸き起こる大きなアンコール。そこへ、Lunaが物販のトートバッグなどを掲げてステージに駆け出してきた。躍動感あふれる物販推しの熱きトーク。出会ってから20数年、彼が声を張ったところをほとんど目撃したことがなかったので正直驚いた。これも地元のなせる技なのだろう、喋ったLunaも、聞いたファンも何か得したような気持ちで(笑)次の曲へ臨む。そしてこれまでにないほどの歓声と小躍りするような反応がイントロと交錯。「Shy boy」だ。なんとこのツアーでは今日初めて披露されるという。「Shy boy」と「In your dream」が、懐かしの8センチCDで発売された直後の1992年6月にはここミューズでもライブが行われている。往年のファンも感涙する粋な選曲にヴォルテージはますます上がっていく。「I feel that she will come」、続くデビューシングル「Dear Song」の並びは、相思相愛ソングと呼びたいほどだ。ニュースでよく目にする国別の幸福度ランキングになぞらえ、アインスフィアが王国だとしたら間違いなく1位に輝くだろう。それほどまでに国民(オーディエンス)は愛され、それ以上に王族(メンバー)を愛している。それを確かめ合うためにライブは開かれ、あらためてお互いの心を知ることができた。「明日もここで会おう」。

 明日は、今日以上に素晴らしい時間を分かち合えるだろう。客電の灯されたフロアに「In your dream」の新録ミュージックビデオが流れ、わたしたちは夢心地のまま帰路についた。


415のレポートへ続く
ライブ中、メモなどの記録は一切取っていなかったため間違いなどありましたらご容赦ください。(writer,editor/伊藤美保)