最近,医療ミスというものが若干身近なものになってきた。
ニュース等でも,点滴の量を間違えたというようなものはたまに耳にする。
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では,医療ミスの最近の傾向はどのようなものか。
まず,大きく,外科と内科に分かれるような気がする。
(1)
外科で術中死というものはおそらく医師の中で忌み嫌われ,それはおそらく医療ミスとの疑いが周囲から向けられる点にあるであろう。
また,寿命を若干縮めるものであるとすれば,その認容が医師に認められれば,殺人罪の構成要件には該当することになる。おそらくほとんどは業務上過失致死罪であろうが。
しかし,外科は芸術の世界の一端を担っており,かかる世界において過失というものはどれほど認められるか。
おそらく,危険な手術の前にはインフォームドコンセントも十分になされていると考えられ,
遺族としてもその危険をある意味引き受けていると評価できるところもある気がする。
特に,病気の場合は,医師や病院を選ぶ時間があれば,その選択ができたという点において,
患者及びその遺族は自己の慰めにもなろう。
では,交通事故のような場合はどうか。
おそらく,近くの,手術室の空きのある病院において,選択の余地なく手術されたような場合は,
患者及び遺族は選択権がなかったという点で,無念さが残るに違いない。
もっとも,この場合は,この無念は加害者に向けられるのが通常で,医師に対する償ってほしいという感情は生まれない。
以上のような検討とは別に,外科の手術のミスは患者及び遺族にはわからないのが通常であろう。
手術室は隔離され,その状況は記録されることは少なく,また,ミスがあったとしても誰も身内を攻め立てることはしない。
この点で,外科の医療ミスが発覚する場合というのは,内部告発や解剖といった限られた場合に絞られる。
内部告発は上述のように,自己も攻められるというおそれからなかなかないであろうし,
遺族に死亡した患者の解剖を期待するのは,よほどの精神力がない限り,不可能であると思う。
(2)
内科については,ある程度,医療ミスから死に至るまで時間がある点で,外科の場合と異なる。
ここで,状態の急激な変化があれば,医学的知識の少ない遺族であっても医療ミスを疑うのが通常であろう。
よって,外科の場合よりも内科の方が医療ミスは発見しやすいように思われる。
たとえば,点滴の量や種類を間違えた場合,
カルテと異なるものを点滴した場合と,カルテ(医師の指示)自体が誤っている場合が考えられるが,
後者の場合は,カルテに証拠が残っているのであり,医療ミスとして遺族は訴訟に持ち込みやすいであろう。
また,ここからは推論の域を出ないが,
内科のような単純なミスがやはり人は多い気がする。
一桁違うとか,パーウイークとパーデイを間違えたりといったことは,誰にでもあることだろう。
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では,以上のような医療ミスを前提とした場合,いかなる対策が考えられるか。
やはり原則として,
患者及び遺族は訴訟に持ち込むべきである。
真実は訴訟でも起こして,本気で調べようとしない限り見つからない気がする。
訴訟で真実がわかるわけではないが,
訴訟によって真実を探すことができるかもしれない。
訴訟に持ち込む場合,やはり証拠が圧倒的に少ない。
カルテはもちろん閲覧謄写したいし,遺体も解剖するのがベストなのであろう。
しかし,カルテはなかなか文書提出命令とかを使わないと出てこないだろうし,改ざんのおそれもある。
また,日本においては火葬が原則であり,落ち着いて医療ミスを疑ったとしても,気付いたときには火葬が済んでいて証拠収集には間に合わないということもある。
解剖自体がかわいそうでもあるし。
ここらへんの考察からすれば,
やはり診療契約において,事前にカルテの閲覧謄写請求を患者及びその親族に認めるべきであろう。
当然ここらへんは約款で動いているであろうから,医師法による強制が必要になってくる。
法が強制できる証拠収集の手伝いはそのようなものか。
内科であれば,異変に気づいてから死に至るまでにカルテを謄写,検証できていれば,
あらぬ疑いも避けられるかもしれない。
やはり,患者と医師の関係は信認関係であるので,その関係を強める方向で議論をしていくべきである。
また,医療の構造的な問題として,
地方の病院の水準は低すぎる気がする。
施設も悪いし,医師も少ない。
おそらく現実問題として地方では医師ではなく看護師がイニシアチブを持って,
患者の治療にあたることが多いのではないだろうか。
特に,外来ではなく入院患者は医師が対応することはほとんどないように思われる。
施設の問題は仕方がないとしても,
看護師が入院患者の対応をするのであれば,それなりの教育が必要であろう。
日本法の建前からすれば,看護師は治療にはあたることはできなかったと思うが,
都心はそれでいいとしても,地方では回らないのではないか。
特定の指定病院などは,看護師の教育を徹底することで,看護師にある程度の治療権限を与え,
地方の医師不足を解消するといった,柔軟な対応が必要であるように思われる。
医師国家試験は,落ちる人がほとんどいない試験であるが,
それでもなお医師が不足していると言われているのは,やはり医学部の門が狭いからだろうか。
そもそも,医師国家試験の内容にも疑問があるが,ここでは触れないでおく。
今後の医療形態,特に都心と地方の医療格差は,是正していくべきであって,
その意識が特に地方の側に欠けているように思える。
インフォームドコンセント等は都心の方ではかなり早くから導入していたのではないか。
それに比べ,地方では医師の「決定権」が重視され,患者の意思等はないがしろにされがちであるような気がする。
最近はドラマの影響もあって,地方での医療に貢献したいという若手が増えている気がするが,
その場合,独りよがりの地方医療貢献ではなく,ある程度,伝道師として,教育者として地方に向かう必要がある気がする。
もっとも,郷に入れば郷に従うのが人間であり,地方での医療意識改革はまだまだ先のように思われる。