兵庫県知事は以下のことを述べているらしい。
「私も日曜日観ました。画面が汚いですね。あんな鮮やかさのない薄汚れた画面じゃチャンネル回す気にならないんじゃないかというのが第一印象。家のテレビ、色がおかしくなったのかなと思うような画面だった。プロデューサーも意図があるのかも知れないが、あんな汚い画面を日曜日の憩いどきにやらなくてもいいんじゃないか。もっと華やかで、生き生きとして躍動感の溢れる清盛らしさを強調して頂くといいなと思った」(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120112-00000004-jct-ent )
一県の知事がこのようなことを述べることに違和感を感じざるを得ない。
では,「運命の人」はどうか。
毎日新聞の西山は、女性事務官に酒を飲ませて泥酔させた上で半ば強制的に肉体関係を結び、その関係を基に外務省極秘電文のコピーを盗み出させ、これを得た。
これに対して,外務大臣が意見したら問題ではないだろうか。
問題はやはり,首長が,テレビプログラムに意見を言ったことである。
憲法上,表現の自由(憲法21条1項)が問題になることだろう。
たしかに,知事が意見を言ったところでNHKのプログラムが変わるとは思えない。
変わったとしたら,まさに表現の自由への侵害であるのだから。
もっとも,NHKは一定の範囲で,公職選挙法との関係で,民法とは異なる扱いを受ける。
しかし,だからといって,行政庁からNHKのプログラムに意見できるということにはならないだろう。
兵庫県知事,井戸敏三。
自治省上がりの知事である。
全国ではこういう人は多いであろう。
現在でも,総務省で自治省系採用のやつは自治体に最初務めている。
統一採用でどうなるかわからないが。
問題は,この人の不用意さである。
あえてマスコミに取り上げられることを思って,このような発言をしたとしても,この人の耄碌(もうろく)を示すのみで,この人のメリットになることはないだろう。
なぜなら,発言の内容から見るに,考えて述べた発言とは思えず,
批判的にマスコミから捉えられていることから明らかであるからである。
大輪田泊など観光に利用できる部分は多いにも関わらず,
自ら観光資源を絶ったように思える。
それに比べ,その後の神戸市長の発言はフォローとして評価できるが,もう遅い。
耄碌した知事しかいないのであれば,地方自治など意味がない。
道州制といった制度的なものに期待を寄せるのも無理はない。
もっとも,道州制といっても何がかわるのか,これまた議論すべき課題であるが。