「 火中の栗を拾う」ということわざを使う機会に今まで恵まれなかったが、
この間、まさに「火中の栗を拾」った。
「火中の栗を拾う」とは、「自分の利益にならないのに、他人のために危険を冒すこと」であるが、
なかなか、使う気にもならず、そして、使う機会に恵まれないことわざである。
もっとも、このことわざは、この上述した意味においては、前者、
すなわち、「自分の利益にならない」ということが、
強調されているように思われる。
つまり、いい意味には使われないことわざだ。
具体的には、「他人のため」ということで、いい意味にもなりそうなものが、
「自分の利益にならない」ということで、プラスの評価が打ち消され、
マイナスの評価となってしまったものが、
「火中の栗を拾う」ということわざになっているといえる。
このような「他人のため」という大義の価値を失わしめるほどの
「自分への不利益」とはいかなるものか。
経験してみないとわからないものである。
と同時に、二度と経験したくないものでもある。