最近、交渉術に関する文献に出会った。
実際あまりよくおぼえてはいないが、
ある利益主体とその他の利益主体の意思を疎通させるために
仲介する人の話だ。
要は、その仲介人が、AとBの仲介をする際に、
Aの要求をBに伝えるときに、その仲介人はAの要求を難解なものに見せかけ、
それをBに伝えることで、自らの存在意義を強調することがある、
ということを伝えたかったんだと思う。
わかりやく具体例を出せば、
ある商品を流通させている会社甲があって、
商品の開発を行う部門Xと、商品の生産を行う部門Yがあったときに、
その二者の連携を図る部門Zがあったとする。
そして、その部門Zが部門Yの要求を部門Xに伝えるときに、
あたかも部門Yの要求が消費者の総意であって譲れない問題のように部門Xに伝える。
逆に、部門Xの要求として商品の構造上の問題で、こちらも譲れないもののように伝える。
このとき、伝達機関たる部門Zは意見の一致が困難な問題の仲介を行っているかのように見せかけることで、
自らの存在意義を強調する。
だから、虎(意思の送り手と受け手)の威を借る狐(仲介人)なのであろう。
このような事例は、私見ではあるが、
人材コンサルティング会社にあてはまるのではないだろうか。
クライアントは、幹部候補の社員を探して欲しいと人材会社にたのみ、
人材会社はそのような人材は実は世の中には意外と多いにも関わらず、
「難しい」と答える。
そして、人材会社は仲介手数料として破格の報酬を受け取る。
実際、クライアントは自ら探すことも可能であるにも関わらず、
人材会社によって、求める人材を探すことはこんなんであるかのような印象をもってしまったがゆえに、
高額な報酬を支払ってまで外部委託をする。
非常に伝えづらい。
実際、俺個人がアルバイトで半年のうちに成りあがれた(ような気がした)のは、
アルバイト先のステークホルダーの意思が多様かつ強烈であったからだと思う。
みんなが「右向け右」の世界にいたら、そこには年功序列しかありえないだろう。
かかることをアルバイトの後輩になんとか伝えたかったが、
結局「俺の(あるかどうかわからない)威厳を利用しろ」と伝えるに留まり、
その真意を伝えることはかなわなかったように思う。
また、他人の威を借るには自らのプライドも捨てなければならない。
これらの話を通じて、俺は「虎の威を借る狐」に反対であることを主張したわけではなく、
むしろ「狐」こそが、「個」が強調される現代において、マーケティングチャンスを生み出す
秘策なのではないかということを主張したい。
すなわち、自己翼賛的なつまらない話に過ぎない。
原文献では、確か、かかる仲介人(狐)がいるからこそ、
世の中の意思疎通はストレートにいかず、余計な恣意が介入しがちであるとして、
仲介人に対して批判的な態度であったと思う。
ただ、矛盾するようではあるが、どちらがいいかなどは決める必要がなく、
情況に応じて自己の採るべき策を選び分けるのが肝要だと思う。
次回は、「性善説と性悪説」について書きたい。