私の幼少期②なんで普通の家庭に産まれなかったんだろう。。。

 

つづき。。。

 

そんな家庭で育った私。。。

 

【なんで普通の家庭に産まれなかったのだろう。。。】

 

【なんで私を産んだんだろう。。。】

 

そんなことをよく考える小学生時代笑い泣き

 

母の口癖は、

 

『好きなことをして生きていきなさい。』

 

小学生に言う言葉じゃないニヤニヤw

 

月に2回くらいしか会わないのにこのセリフ笑い泣き

 

今思えばスパルタすぎる笑い泣き

 

只、恵まれていたなーと思うことは、

 

自分がやってみたいことには、反対せず肯定してくれて、お金も出してくれたことひらめきグッ

 

ピアノを習いたいと100万円以上するピアノに練習用の電子ピアノまで買ってくれたりカラオケ

 

服のデザイナーになりたいと、ミシンを買ってくれたりエプロンハットドレス

 

好きなことや好きなものには投資してくれ、絶対肯定してくれた家庭だったキラキラ

 

母だけではなく、他の家族全員そこには寛容だった。

 

とても感謝しているラブラブラブラブラブラブ

 

それと同時に、家に居場所がないと思っていた私だからこそ、未来や夢に妄想を膨らませる幼少期だったなと思うちゅー

 

小学生高学年になってくると、自立心が強くなり、都会に出たいと思うようになる。

 

色んな妄想を膨らませていたので、これで感覚が研ぎ澄まされたように思うキラキラちゅー

 

中学生になり、高校受験が近づいてくる。

 

高校は成績順で基本決まる。もちろん得意なことで推薦で行く人もいるが、私はなんか自力で挑戦してみたかった。

 

私の中の競争本能が燃えていた。

 

地元には、7個くらい私立も含めて学校があった。

 

私が、希望したのは、2番目に賢い高校を目指していた星

 

塾も通っていて、真面目に勉強していたグッ

 

そんな中、中3の春チューリップ

 

これから本格的に受験に向けて頑張ろうとしていた矢先。。。

 

強制終了させられる出来事が起こったのだニヤニヤ

 

今でも忘れない、1998年5月2日XJAPANのhideの死去のニュースが流れる雷

 

あの衝撃は今も忘れない。

 

雷に急に打たれたような出来事だった。。。

 

あの日を境に私の魂の目覚めが起こったのだ。。。

 

勉強どころではなくなり、どっぷりhide一色になってしまったのだチョキ

 

初めは、なんで死んだのー!?から始まり、

 

hideってどんな人でどんな環境で育ったんだろう。。。

 

過去の雑誌を漁りだし、hideを知れば知るほど喪失感は大きくなりハートブレイク

 

hideのファンたちと文通を始め、全国に友達を募集してピークのときは50人くらいと文通していた。

 

その中でも特に仲良くなった友達と会うようになり、東京や大阪に遊びに行くのようになった

 

急に変わり果てた私に、家族から心配されたグラサンハート

 

今思えば、あれが反抗期だったのかなと思う。

 

今まで、真面目にいい子に育ってきた私。

 

抑圧していた私の感情をhideが出してくれたのだグラサンハートお願いお祝い

 

その一方、勉強の成績はがた落ちで、学校の先生にも塾の先生にも

 

『なにかあったんですか!?

 

と個別に呼び出され心配される羽目に笑い泣き

 

だれがどう見たって、前の私ではない私がそこにいた真顔真顔真顔

 

自分の中でも、hideに夢中な私と、

 

冷静に、勉強しなきゃーアセアセ

 

やばいと焦っている自分がいた。。。

 

今まで、干渉してこなかった母まで、

 

『勉強しなさい。』

 

と言う有様。。。

 

私は、勉強に全くやる気が出ず、

 

母に、『成績が何位以内に入ったらhideのグッズを買ってお願い

 

と条件を出してみた。

 

母はそれで条件をのんでくれたのだハート

 

そしたら、まさかの成績がV字回復してしまい。。。ニヤニヤ笑

 

約束通りhideグッズを買ってもらったのだが、次はなかったのだ。。。泣

 

案の定、また勉強頑張れず成績はまた下がったままに戻りニヤニヤ

 

私が希望していた高校には明らかに行けそうにない現実が視えてきたのだ笑い泣き

 

そして、案の定全く希望していない高校に行くことが決まったのだ。。。

 

これが、初めての挫折経験になったガーン

 

けど、魂の視点からみるとそれを望んでいたのだグラサン

 

その当時は気づかなかったけど、結局その高校で出会う友達たちと今もなお続く縁となるのだ。。。

 

つづく。。。