5月22日、天皇、皇后両陛下が、ガラスの
ない開放的な列車から、にこやかな笑顔で沿
線住民に手を振られた。

栃木県日光市で足尾銅山の鉱毒での荒廃から
緑化されてきた山々を視察後、群馬県桐生市
までの移動で、わたらせ渓谷鉄道のトロッコ
列車に乗車された。

前身の足尾鉄道全線開通から100年。
国鉄赤字路線から第三セクターでの再出発後
は常に廃線の危機にあった。

現在は渓谷の自然を体感できる観光路線とし
て人気があるが、両陛下のご乗車は地方のロ
ーカル線にとって思いがけず、晴れがましい
出来事となった。

通洞駅(日光市)で両陛下を出迎え、水沼駅
(桐生市)まで案内した同社の樺沢豊社長
(66)は「沿線で見送る人、全てに手を振
り、住民を気遣われる姿が印象に残った。

到着までの50分間、席に着かれていたのは
長いトンネルと坂東カーブだけだった」と振
り返る。

坂東カーブは栃木・群馬県境のトンネルと沢
入(そうり)駅(群馬県みどり市)の間にあ
る国内有数の急カーブ。

列車は今にも止まるような速度で通過した。
沿線に人家、道路はなく、清流が大きな御影
石の間を流れる迫力ある景色が目に飛び込む
場所だ。

水沼駅では、車に向かうはずの天皇陛下が、
くるりと振り返って、樺沢社長に歩み寄られ
た。

「きょうはありがとうございました。
社員のみなさんによろしくお伝えください」。

樺沢社長は「この日のために準備してきた社
員にとっても励みになる」。
陛下のこまやかな気遣いを感じた。

1カ月間、運行の合間をみながら社員が交代
で車両のワックスがけや車内清掃をし、報道
陣の撮影場所にも下見に行った。

実際に写真を撮ってみると、鉄橋の手前に不
要となった古い鉄柱が車両の前面に写り込む
ことが分かった。

「見ただけでは気付かないものが写真にする
と意外と目立つ」と急遽(きゅうきょ)撤去。

小さな鉄道会社は約40人の社員総出で準備
を進め、晴れ渡った日を迎えた。

桐生市と日光市を結ぶ44・1キロの鉄路。
わたらせ渓谷鉄道の前身、足尾鉄道が全線開
通して25日で100年となる。


役割の変遷や浮き沈みも大きかったが、雄大
な自然と地域に寄り添った100年だった。