自分を見つめることは

自分が自分の中に入って同化する作業だと思ってた。


何を考えて何を思うのか

私にしかわからないはずなのに

私にもわからないのは

私が私に寄り添えていないからなんだと。


そう思ってた。


けど多分間違ってた。


私が私自身だからこそ

私の顔を見ることができないのと同じように

私があまりに私だったから

だから何も見えなくて、それは当たり前なのに

なぜ見えないんだろうと不思議に思ってた。


やっと気付いた。


自分を見つめるということは

私を私から切り離す作業だった。



誰かが泣いていたら、想像する。

何故泣いてるんだろうと。

泣いてる原因がわかれば、これからを考える。


どうしたら笑ってくれるんだろう。

もっと泣いた方がいいよきっと。



私は、私自身を理解できないことに困惑して
思考停止して自暴自棄になってきた。

私自身を理解できないから駄目なんだと思ってた。



理解できないことを認めることにする。

私は私に何をしてあげられるんだろうと想像する。



きっとそれは、私が私を大事にするための第一歩で

きっとそれで、私は私を解放してあげられる。



変わることが嫌で。

変われないことも嫌で。


逃げたくて。

逃げられなくて。


愛したくて。

愛されるのがこわくて。


もういいやって。


青い空に泣いて、雨に守られて、

そうやってでもただ生きていくのが

私の人生だって。


もういいやって。



こんな私でごめんなさいと謝ることで

私は変わらないと宣言して

こんな私を嫌いになればいいと願って。





もういいや。




もういやだ。




許されないことをした。

だから、幸せになってはいけない。

私が幸せになってはいけないから

だから、そばにいられない。


許されないことをした。


それを、忘れることなく、

私は、幸せに生きていく努力をする。





もういいや。






もうやめた。