教育はとても大切なのはみなさんご周知のことですが、「どうしてって?」考えたことあるでしょうか?
中学を卒業し高校に入る前、高校を卒業し大学に入る前、社会人になる前、社会人になってから、みなさん、いろいろ勉強したいと思ったことと思います。
実際、厳しい受験戦争に勝利して難関大学や一流企業に就職したり、上級公務員になったりした方も大勢いらっしゃることでしょう。
一方、卒業を前に夢破れて浪人生になられた経験の方もいらっしゃるでしょう。
ランクを落として希望のところに入れなかった方もいらっしゃるかと思います。
社会人になってからもいろんな資格を取るために教育を受け、勉強したことでしょう。
なぜ、そこまでして教育を受けたのでしょうか?
「良い大学に入るため」、「良い会社に入るため」、「良い仕事にありつくため」、それぞれあることかと思いますが、ここで、みなさんにもう少し質問をしてみましょう。
そうして望みのところに入って、どうなりたかったのでしょうか?
「高い給料を得る」、「安心安定した仕事に従事する」、「社会的ステータスを得る」、「やりたいことをする」、「とにかく独立したい」、なんかではないかと思います。
そこで、さらに質問です。
そうすることで、みなさんはなにを実現したかったのでしょうか?
「いい生活をする」、「車や家を持つ」、「親を安心させる」、「彼女(彼)と一緒になる」、等々、なるほどという理由が多いし納得できるものかと思います。
わたしもそうでした。
では、さらに質問です。
それを実現しつつあるとして、みなさんはそれをどう感じますか。
「幸せ」、「面白い」、「楽しい」かもしれませんし、「マンネリ」、「辛い」、「休みが欲しい」かもしれませんね。
そこで、最後の質問です。
それは、あなた自身が本当に望んだことでしょうか?
「幸せ」、「面白い」、「楽しい」と答えた方は、望んでそうなったからかもしれません。
残念ながら、「マンネリ」、「辛い、「休みが欲しい」等、ネガティブは回答の方、ひょっとしたら、それはあなたが本当に望んでいたのとは違ったものだったかもしれません。
ここで、カテゴリー4のエルフィア人、ユティスの言葉を紹介しましょう。
「人は、みな、愛することを学び、幸せになるために生まれてきました」
どうでしょう?
「愛することを学び」はさておいて、「幸せになるため」というのは、みなさんの納得できることじゃないかと思います。
だれだって、幸せになるために一生懸命なのです。
悲しいかな、お金がないと、このカテゴリー2の地球においては、幸せや夢どころか何一つ実現することが不可能なだけです。
「お小遣いちょうだい!」
子供でも知ってますよね。
あは。
でも、このお金はとっても重要ですから、お金をより楽により多くより安定的に得るために良い学校に入り、良い会社や上級公務員になろうということじゃないんでしょうか?
中にはそうじゃないと回答される方がいるかと思いますが、その方は人生の目標にお金ではないなにかを持っておられるということじゃないかと思いますよ。
科学者や宇宙飛行士の方、国境なき医師団に参加された医師の方、弁護士を目指してなられた方、等々、ご自分の夢を実現されるために、こつこつと勉強されたはずです。
もし、お金をより多く楽に得るため、一流会社や上級公務員になることだけに勉強したとしたら、実際になってみて思ったほどお金が得られない時、思ったほど楽ではなかった時、挫折感を味合うことになるかもしれません。
わたしは、人間結局幸せになることが目標で、教育はその手段じゃないかと思っています。
手段なんだから、いろんな考え方や、いろんな方法があってもいいと思うんですね、
大学に入れなくて社会人になってみたもの、やっぱり大学で勉強したいとか、実は学生時代の専攻とは違う分野を勉強したいとか・・・。
カルチャースクールや市民講座っていうのもありますが、それは、どれも非常に短期的で奥も触り程度なので、突っ込んで探求したいという要請には十分応えられるものではないようです。
さらに勉強するきっかけにはなるでしょうが、わたしは自分の教育とはそれだけで済まされるようなものではないと思います。
教育とは、人生を通して学び続けることだと思うし、エルフィア人のように思い立ったら今日行くものだと思っています。
--- ^_^ わっはっは! ---
かな・・・?
でも、地球的規模で見ると、そういう教育を受けれるところは、欧米日本等、とっても限られています。
みなさんはご存知かどうかわかりませんが、夜間の定時制に加えて、日本には文科省の認める卒業資格を得られる通信教育をする学校がたくさんあります。
もちろん、通信制高校、大学にも通信教育課程のある通信制大学なんてのがあります。
高校卒業、もしくは大学入学資格試験にパスした人なら、だれでも入れます。
高校卒業だって、普通課に限らず、職業課でも、なんら問題はありません。
理系の通信教育課程、物理課程そのものはないかもしれませんが、哲学課程やそれに似た内容の課程では、いろいろ科学的なものも学べそうです。
通信課程といっても、入学時には一般課程と称して、数学や科学を義務化しているところもあります。
そういうところでは、科学分野について実際学べるわけです。
スクーリングと言って、実際に大学のキャンパスで昼間の大学の教師陣が講義を行ないます。
通信課程の学生は直接その講義に参加して一定単位を取ることが義務付けられているからです。
ですから、ほかの学生と友達になったり、教授といろいろお話でしたりする機会もできてくるわけですね。
一度、大学というものに入ってみたい。
大学を卒業したけどもう一度学んでみたい・・・。
今は少子化で、大学側も学生を集めるために、通信教育コースを充実してきているところもあります。
そういう社会人さんにはもってこいかもしれませんね。
わたしも自分を見つめ直したくて、一度、某大学の哲学コースで通信教育を受けていました。
教授陣も最高の方たちで大いに刺激を受けました。
例えば教授にこう言われたことがあります。
「自分と同じ考えの本ばかり読むからわからなくなる。まったく反対意見の本を読みなさい。そうすれば、自分がどう感じていたのかを思い出す」
なるほど・・・。
これは一例ですが、日本の大学教育のチャンスは本当にすごくたくさんあって、みなさんに開かれていると思います。
小惑星イトカワに着陸し試料持ち帰った「はやぶさ」を例に挙げるまでもなく、日本という国は紛れもなくカテゴリー2に入っています。
一方、カテゴリー1のところでは教育の意義も異なります。
まず、「国のエリートを育てる」国家的事業ですから、民衆に高等教育が開かれるチャンスは限られているのが通常なのです。
そういえば、日本もこういう高等教育のチャンスが増えたのは戦後で、カテゴリー1の時代とも言える戦前は一部エリートを養成するのが大学の役目でした。
カテゴリー2にならないと、高等教育は民衆のものにはならないのですね。
それに、なにも4年制の昼間の大学に行くことばかりが、大学で学ぶということではありません。
この通信課程の卒業をもって、4年制の昼間の大学の卒業と同じ卒業証書を出してくれる大学もあります。
そう、大卒というわけです。
これが就職に役立つかどうかは保証できませんが、そこで習ったことはとても大切です。
なぜなら、みなさんが心底望んで受ける教育だからです。
きっと身についてくるはずです。
教師を目指している人、そういう方たちには通信教育課程を受けて教員免許を取得する人が増えている、との話も聞きます。
カテゴリーがさらに上のエルフィアでは、教育は幼少期から大学のようなゼミ方式です。
地球のように何十人も集めた学級ではありませんし、ましてや、全校生徒が一堂に会する式典や行事はありません。
お祭りは除いてですけど・・・。
よかった、タコヤキ露店はあるんだぁ・・・。
あは。
つまり、カテゴリー4のエルフィアは、少人数で先生を囲んで問答するやり方なのです。
これって、古代ギリシアのプラトンが書いてるソクラテスの「問答法」という方法だってことご存知でした?
今でも、イギリスのケンブリッジ大学はそういうゼミがあるんだとか。
さすが教育先進国・・・。
一度は大学入学を諦めた方がいらっしゃるなら、通信教育を利用するというのも手ですよ。
ところで、先ほどわたしが、「なんのため?」と5回質問を掘り下げましたが、こうすることによってみなさんの心の底にある本音を引き出そうとしたわけです。
これは世界に冠たる「トヨタ自動車」の「カイゼン」の主要な手法なんですよ。
不良品を出した真の理由は5回質問しないと表に出てこない。
さすがトヨタです。
感服。
※ノリックの『失われし銀河の天使 ~ エルフィア ~』 本編は『小説家になろう』に連載中です!