6.8.21…「書くことと言葉」⑤

※昨日の投稿の日付けを間違えました。6.8.20でした🙇


○日本語の面白さ、愉しさ……

言葉を綴る文字は、中国から渡って来た「漢字」が、元だと認識しています。(根拠や詳しいことは省きます。私の認識では……)


日本人の持つ感性が創り出し、役割や性格により応用、使い分けできた様です。

ひらがなやカタカナなど、複雑な形へと変化を伴いながら、和様の文化を創り出していったのでしょうか?


定かではなくても、それらの持つふわっとした感覚が大好きです😘

漢字から、ひらがな(平仮名)が生まれ、カタカナも派生的に生まれて来たようです。

※平仮名は9世紀後半ころ、片仮名は世紀初めころには成立していたと考えられますので、平安時代の世紀末頃には日本では漢字・平仮名・片仮名の種類の文字が存在していたことになります。


この種の仮名は単独で用いられることもありましたが、漢字と一緒に用いられるのが一般的でした。

ただし、基本的に一つの文章の中で平仮名と片仮名を混ぜて用いることは、原則としてありませんでした。まれに見かけることもありますが、その場合は役割や性格が違うことを示しているのです。


○言葉…国や地域、民族などによって、違いがありますね。

言葉の起こりは?言語の起源は今も広範に議論される話題であるといわれているようです。


その様な事を感じながら、そもそも、漢字とか言葉に興味を持ち始めたのは、自分の名前でした。


親がつけてくれた名前、その意味は?

その内に周りの方々の名前の漢字の意味はと?

苗字とか其々の漢字の意味は?

興味があり考える様になりましたが……その場限りでした。


そして、英語やその他の国の文字そのものには、意味がないのに、

「漢字」には、其々の持つ意味があることが、不思議に思えて楽しく感じていました❣️


素晴らしい言語を持つ日本の国に、生まれたことが嬉しくなりました‼️


「和様」の展覧会などにも興味を感じて、そんな心の変遷を経ての今日です。


そんなことでも、エッセイ風に文にすれば面白いかなぁと、、、

興味がある人がいるか如何かは、わかりませんが、少なくても一人

(私)いますね😅

気まぐれに折々に、思い付いたところから、書いてみたいと思います❣️  その時は、よろしくお願いします。


最後に、こんな境涯にいたったのも、私は母を殆ど知らないまま11歳の時に、母は36歳で亡くなりました。

父親はそんな私と弟に、こども時代に「百人一首」を、遊びの中で親しませてくれました。

その呑兵衛の父親も、56歳で亡くなりました。

親の慈愛というものを、あまり実感出来ないままに育ち、自信がないまま成人しました。


図らずも結婚し、そして、子供という宝物を頂いたこと。その中で色々あり家を出ました。子連れ離婚しなかったこと。最大限自分で我慢強く頑張ったこと(頑張り過ぎたきらいはあるかもしれないけど)。


子供達は、そんな母の後ろ姿を見ていてくれたのだと、勝手に思っています。

(これは、私の場合はですが……。)


拙書「六根清浄ー親と子の絆ー」のテーマです。

「全てが今、感謝の日々」なのです。


人間ですから、こらからも、時には落ち込み悲しいことにも出会うでしょう。


後期高齢者、体力維持のために日々の散歩しながら、花や空や移ろいゆく街並みなどを、楽しむ日々です。そして、FacebookやLINE、Ameba Blogでの投稿が、私を慰め豊かにしてくれています。

ありがとうございます😊  

皆さまには、拙い文章をお読みいただきまして、ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。(終)