民衆こそ王者ー池田大作とその時代 「友よ強く」──働き学ぶ誇り(2) 2 | EIKOの気まぐれ闘病日記

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   信号待ちの出会い ①


 「あの前の方、先生の車とちがうやろか」。大槻はあわてて山川の腰をぽんぽんと叩いた。山川はまさかと思いながら、赤信号で停まっている車列を縫ってバイクを前に進め、その車の左隣にたどり着いた。池田大作は、窓越しに二人と目を合わせた。

「主人が自分でガラス窓を開けました」と同乗していた妻の香峯子は語っている。こうした時、気軽に窓を開けて話しかけるのはあぶない、といつも心配していた。

 山川と大槻は学生服を着ていた。池田が「しっかり勉強しなさいよ」と言った時には、もう信号が青に変わった。

「車は御池通へ左折していきました。もう緊張して緊張して、ただ『先生』としか言えなかったです」と大槻は振り返る。

 この時、池田は三日間の予定で関西を訪れていた。前日は大阪で関西女子部総会に出席。この日は奈良本部、平城会館を経て京都に入り、翌日は滋賀の大津、彦根を回っている。

 車の窓を閉めた池田は、隣に座る香峯子に「夜学生だね」とうれしそうに話した。池田の他には同乗していた誰も、バイクの二人が夜学生だとは気づかなかった。


 この日の夜──七条御前の山川の自宅に創価学会の幹部が訪ねてきた。

「池田先生のからの伝言をお預かりしてきました」という。一冊の本と念珠が山川に手渡された。

「信じられませんでした」。発刊されたばかりの『指導要言集』に池田の直筆で、


  求道心  眞剣(しんけん)なる

  わが弟子の栄光を

  祈りつつ

  此の書を贈る

   京都に於いて


 と書かれていた。まだインクの匂いがしている。

 同じ時刻、醒井五条にある大槻の自宅にも同じ贈り物が届いたが、本に書かれた言葉は違っていた。表紙を開くと見返しに、万年筆で書かれたブルーの文字が躍っていた。


真剣な瞳、猛スピードのバイク、

勉学の洋服、すべて生涯、

僕は忘れまい。十年后(ご)を愉しみに。

          十一月四日 夜