検事への伝言 ①
池田にとって、青年時代の総決算である十万結集と法廷闘争は、決して切り離すことのできない、負けられない闘いだった。白木義一郎ら関西の最高幹部に、何度か次のような心境を伝えている。
「(戸田先生の遺言である)十万結集ができなければ、そして裁判の勝利がなければ、世界の広宣流布はない」。
その場にいた一人は「池田先生は『十万結集』と、ご自身の『裁判の勝利』を、学会を動かす二つのジェット気流のように、車の両輪のように考えておられた。ご自身の闘いとして、両方勝って初めて、国境を超えた弘教の広がりを生むことができると定めておられた」と振り返る。
学会の海外向け広報を担当していた黒柳明(東京、豊島区、総区主事)は「十万結集以降、外国メディアの取材が一気に増えた」と語る。
四年半の法廷闘争を経て、池田の一念が身を結ぼうとしていた。