民衆こそ王者ー池田大作とその時代 青年の譜(10)「大阪事件」(4) 7 | EIKOの気まぐれ闘病日記

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  「富士の如く」 


 阪井貞子(堺市、区婦人部主事)は、法廷闘争の準備が進む中、池田の励ましを受けた一人である。

 「関西本部の広間で数人の女子部幹部が先生から激励を受けたことがありました」。阪井はその場に居合わせなかったが、しばらくして一枚の絵葉書を受け取った。本栖湖の澄んだ水面の向こうに、どっしりと富士山が聳えている。裏には池田の筆跡で「富士の如く 気高く 雄々しく そして 美しくあれ 八月二十日」と書かれていた。


 この日、池田は戸田城聖とともに北海道にいた。炭労による迫害を乗り越えた夕張に初の支部が結成されたのだ。その合間を縫ってペンを走らせた。

 阪井は池田が逮捕・拘留されていた二週間、堺支部の中心者だった川坂憲・久子夫妻らとともに連日、大阪拘置所に通った。

「いただいた葉書の脇には、私の旧姓にの『橋本』と『結婚し 阪井さん』と書き添えられていました。三か月前に結婚したばかりだったのです。今も絵葉書の言葉は、私の人生の理想像であり、学会の婦人部のめざずべき姿だと思っています」。