民衆こそ王者ー池田大作とその時代 青年の譜(9)「大阪事件」(3) 21 | EIKOの気まぐれ闘病日記

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   一杯の水 ①


 壇上に立った池田の前を、上手(かみて)から入場した戸田が、微笑みながら横切っていく。万雷の拍手が止んだ後、司会が一呼吸置いて池田の登壇を告げた。再び拍手場内を圧した。20秒以上、鳴り止まない。池田が「皆様・・・・」と話し始めても、まだ終わらなかった。

 まず池田は「場外の皆さま。場外の同志の皆さま。しばらくぶりでございました」と呼びかけている。そして遠慮がちに「お水を一杯・・・・・しばらくですから・・・・」と言った。


 おもむろに戸田城聖が椅子から立ち上がり、演壇のコップに水差しで水を注いだ。戸田が自ら水を入れるとは、誰も思っていなかった。公会堂はこの日最も大きな拍手に包まれ、これも20秒ほど鳴り止まなかった。壇上で微笑む戸田の印象を、冨岡と志は「(池田先生を)いとおしくてたまらない、頼もしい、とばかりに、度の強い眼鏡の奥から細めた眼差し」と書き残している。喉をうるおした池田は、再びマイクに向かった。出獄直後であり、戸田から事前に「今日は短めでいい」とアドバイスされていた。


 場外の臨時会場にいた山下道夫(守口市、副圏長)。

「夕方5時に大阪高裁の郵便局の仕事が終わると、一目散に公会堂へ走りました。池田先生の声がスピーカーに流れたころは、全身ズブ濡れです。でも一人として立ち去る人はいなかった」と語る。

 「私の前のご婦人は、子どもをタオルで巻き、胸の下にかき抱き、背を丸めて大雨を受けておられた。胸の底から熱いものが吹き上げてきて仕方なかった」

「『敗けて泣くより、泣いて勝とう』という関西の伝統は、この大阪事件の苦闘の中で本物になっていったのだと思います」