「生涯、忘れまいぞ」 ④
面谷は翌年秋、関西で行われた体育大会に参加した池田を撮影した。
「自分なりに上手く撮れた先生の写真を大きく引き伸ばして、大田区のご自宅に郵送したんです。すぐに奥様の代筆で返信がきました」。
香峯子の文面には──今年の関西体育大会の唯一の記念写真です。あまり大きいので、細かいところまではっきりうつっていて、はずかしいと申しております・・・・・・これからの寒さににも負けず、毎日の生活を楽しく励んでくださいと伝言でございます・・・・・と記されていた。
「幹部でもない自分宛てに、こんな丁寧な礼状が来たので驚きました。『ああ、池田先生という方は、こういう方なんだ』と実感しました」
宮崎から参加した横山嘉寿美と山田千鶴。この時、池田を初めて目にした。宮崎まで来てくれる大阪の先輩から、折あるごとに「池田先生も『不可能を可能にする信心』と言われてはるんや。一緒にがんばろな」と励まされてきた。
「どれほど憔悴されているだろうかと心配していました。しかし一人一人に『ご心配をおかけしました』と声をかけながら、堂々と歩いておられた。先生はどんな状況でも同志を励ます人です。あの場に居合わせた感動は今でも忘れません」(山田)