民衆こそ王者ー池田大作とその時代 青年の譜(9)「大阪事件」(3)10 | EIKOの気まぐれ闘病日記

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  「生涯、忘れまいぞ」 ④


 面谷は翌年秋、関西で行われた体育大会に参加した池田を撮影した。

「自分なりに上手く撮れた先生の写真を大きく引き伸ばして、大田区のご自宅に郵送したんです。すぐに奥様の代筆で返信がきました」。

 香峯子の文面には──今年の関西体育大会の唯一の記念写真です。あまり大きいので、細かいところまではっきりうつっていて、はずかしいと申しております・・・・・・これからの寒さににも負けず、毎日の生活を楽しく励んでくださいと伝言でございます・・・・・と記されていた。

 「幹部でもない自分宛てに、こんな丁寧な礼状が来たので驚きました。『ああ、池田先生という方は、こういう方なんだ』と実感しました」


 宮崎から参加した横山嘉寿美と山田千鶴。この時、池田を初めて目にした。宮崎まで来てくれる大阪の先輩から、折あるごとに「池田先生も『不可能を可能にする信心』と言われてはるんや。一緒にがんばろな」と励まされてきた。

「どれほど憔悴されているだろうかと心配していました。しかし一人一人に『ご心配をおかけしました』と声をかけながら、堂々と歩いておられた。先生はどんな状況でも同志を励ます人です。あの場に居合わせた感動は今でも忘れません」(山田)