お前が罪を認めなければ
戸田会長を逮捕する──。
1957年(昭和32年)7月、
池田は「虚偽の調書」に基づいて逮捕され、
検察から非道な取り調べを受ける。
同志は不当な拘留に怒り、その無事を祈った。
釈放された池田は法廷闘争での勝利を誓い、
民衆を見下す権力に決然と対峙していく。
「虚偽の調書」は、どのように作られ、
なぜ不当逮捕が起きたのか。
冤罪事件の信実に迫る。
松下紀代子(東京、新立川総区婦人部主事)は中国の長春で生まれた。太平洋戦争の敗戦後、一家で祖母の住む福岡に引き揚げた。
「父の一男は大阪で商売を始めましたが、次々に失敗しました。昭和31年、借金を抱えた貧乏のどん底で折伏され、両親ともに信心を始めたのです」。
当時16歳だった娘の紀代子は、いろいろと文句をつけて2年ほど信心に反対し続けた。
「あれは父が亡くなった後でした」。部屋の整理中、見慣れない箱が出てきた。1枚の開襟シャツが入っていた。少し染みがある。高級品でもない、平凡なシャツだった。母の千枝子に、これは何かと尋ねた。
「それは、お父さんが『大阪大会』に着ていったシャツやで」。
千枝子は、父にとってその夏の日が、どれほど鮮烈な1日だったかを語り始めた。