筋違いの攻撃 ①
夕張男子部のデモの翌日、数名の学会員が坑道の見張り小屋に呼び出された。
「組合の統制を乱すものは組合を辞めてもらう」と言われ、「いつ統制を乱したのか」と反論した。
6月14日には、真谷地炭労との「懇談会」が行われ、炭労側は同じ趣旨を繰り返した。どこでぶつかっても、話は平行線をたどった。
炭労が「対決」を煽れば煽るほど、その主張の奇妙さが浮き彫りになっていった。そもそも学会側には対決するつもりなど毛頭なかった。
戸田城聖は「北海タイムス」のインタビューを受け、「炭労であろうと、共産党でもいい、職場を守る闘争なら私自身が旗を持ちたい。炭労が国家のためにやるのなら応援にもいくよ」(1957年6月2日付「北海タイムス」)と名言している。
そもそも夕張の学会員は、炭労に組合費を払い、社会党への資金カンパにも協力し、メーデーにもストライキにも参加していた。だからこそ、学会員の働く様子が素行まで調査したにもかかわらず、1件の処分もくだせなかったのである。
「うちを排せきするとはわけがわからぬ、しかし炭労が馬鹿なことをいうならオレも男だから対決するよ。そんなことはしたくはないが」(同)。これが戸田の姿勢だった。
「組合は話合いとよくいうが、この問題で炭労の幹部は一度もわれわれと話合いをしない。おかしいことだ」(同)。
また戸田がしばしば自ら筆をとった「聖教新聞」の「寸鉄」欄では、この問題の本質を「大学の授業」にたとえている。
◇組合は、組合の指導者がしっかりしてりゃまとまるのだ。まとまらんのを、人のせいにするな。
◇大学の教室をのぞいてみよ。面白い教授の時は満員で、つまらん先生の時はガラ空きだ。
◇つまらん先生の時は、学生は授業を受けずに、外で何かしているよ。これを学生が悪いと言えるかね。
◇又、学生に、より魅力を与えた相手が悪いと言えるかね。教授が、それに文句をつけたらおかしかろ。
◇炭労の決議も、又又かくの如し。学会を敵視するのは筋違いだ。