漆の如く、雪の如く ⑤
「池田先生が訪問された直後、夕張市外に弘教に行くグループ『熊隊』を正式に結成し、週末夕張鉄道や国鉄夕張線、室蘭本線なども駆使して、対話を広げました」(黒柳明)。
300㌔東の網走にも、津軽海峡を越えた秋田にも、弘教は進んだ。
昭和30年代に夕張市の公安委員を努めた人物の証言が残っていた。
当時、「なんでこんなことことやるのかな」と思う出来事があったという。公安委員会は週1回、開かれた。
「学会の分布状態、進み具合を克明に報告したものです」。座談会場や学会員宅などの「家の下足を調べる」手法も語った。「(調査は)巧妙だからね」。
炭鉱のみならず行政まで乗りだし、学会員を追い込む構図が作られていたのだ。
夕張のヤマに深く積もった雪が溶け、新緑が萌え出た5月、炭労の総力をあげた学会攻撃が始まった。