母一人、息子一人 ②
じつは大川は、池田と出会う前、児玉シズら仲居たちと打ち合わせていた。
「お客さんが信仰の話をしてきたら『よく考えてご返事します』と答えて、その場を去ろう」。
「義母の男勝りの性格は地元でも有名で、滅多なことでは左右されない人でした」(義娘の典子。
同、地区副婦人部長)。しかし、台所で池田から声をかけられ、「あんな奇特な人は見たことがな
い。あの信心には何かある」と感心した。おそるおそる行った座談会。その池田が中心者だった。
「女将さんも、何か悩みがおありなのではありませんか」と尋ねられ、ツネ子は「息子が来春、山口
大学を卒業するのですが、まだ就職が決まっていないんです」と自然に悩みを口にしていた。
「母は絶対に悩みを言うまいと決めていたのですが、先生から『子どもさんはお一人ですか』と尋
ねられ、『一人息子です。夫がおりませんもので、私が一人で育ててきました』と、半生の苦労を語っ
たようです」。池田は、その苦労が報われ、必ず幸せになれる道がこの仏法である、と語った。
「『幸せになりませんか。私と一緒に信心をしましょう』という先生の一言に、母はその場で『やりま
す』と言いました」(壽太郎)。
驚いたのは、何を言われても断るつもりでいた児玉シズである。
「あっという間の出来事でした」 「二人とも先生の魅力に惹かれて決意しました」と手記に書き残し
ている。
それから壽太郎宛ての電報が届いた。鉄鋼会社からの採用通知だった。理不尽に夫を奪われ、
満州から引き揚げて、ちょうど20年が経っていた。
「一度も泣いたことのない母が、電報を手に涙こぼしました。母の戦争は、先生と出会った1週間後
の、あの日に終わったのだと思います」(壽太郎)。