民衆こそ王者ー池田大作とその時代   「青年の譜」(1) 3 | EIKOの気まぐれ闘病日記

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             破壊と建設


 池田の青年時代を辿るキーワードは何か。昨年、モンゴルで池田の写真詩集『わが心の詩』が出版された(モンゴル文化詩歌アカデミー刊)。「森ケ崎海岸」「月光」「民衆」「無冠の友」など、1976年(昭和51年)までに発表された詩や贈言が収録されている。その序文に印象的な一節があった。

 「エネルギーや活力に満ちた言葉が、どんなに価値あるものだったかということを、いまの日本の、偉大な建設に携わった世代は、よく認識しているだろう」(同アカデミー総裁のG・メンドオーヨ)

 この写真詩集の冒頭に、「青年の譜」という詩が載っている。70年(同45年)12月、「言論・出版問題」の後、池田が詠った長編詩だ。次の時代を担う青年に自らの思いを託した。その中に、池田の人生を象徴するような言葉がある。


  天空に雲ありて

  風ふけど

  太陽は 今日も昇る

  午前八時の青年の太陽(かれ)は

  無間の迫力を秘めて

  浸透しつつ 正確に進む・・・・・


  ある時は 社会の動きを

  静かに考察しながら

  ある時は社会に 融合しつつ

  深く広く

  ある時は 中傷と誹謗の川に

  激怒しながら

  ある時は 忍耐の鎧を着して

  沈黙と対話の二重奏で進む

  そして ある時は

  思想を護るために

  純粋と徹底の抗戦に

  死を賭して戦う


 メンドオーヨが指導した「偉大な建設」の前には、言うまでもなく太平洋戦争という「巨大な破壊」があった。日本でも兵員の死者は230万人、市民の犠牲者は80万といわれる。すでに「昭和時代」と呼ばれるようにもなり、「戦後生まれ」は日本人の75%を超えた。

 「大本営発表」に一喜一憂し、前代未聞の悲劇に襲われた日本。戦後の学会の歴史は、敗戦からの再生の歴史に重なる。それは「本当の言葉」「力に満ちた言葉」を探し求める庶民が仏法と巡り合う歴史でもあった。