写真ー人生を照らす光(下)  眼で詠まれた詩② | EIKOの気まぐれ闘病日記

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 大沼は「被災した友人の家に物資を届けたり、救援活動で動き回るなかで、『この風景を撮ったら残るだろうな』と思ったが、苦しくてカメラを持てなかった」と震災直後を振り返る。


「桜が咲き始めて、もう一度写真が撮れるようになりました」。桜前線を追って、山口県から東北に向かった。昨年12月、東京の銀座で9度目の個展を開いた。タイトルは「それでも咲いていた 千年桜」。50枚ほどの写真展である。


 福島の相馬、南相馬、宮城の気仙沼、石巻、女川、東松島、岩手の宮古、大船渡、釜石、大槌・・・・・想像を絶する被災のなか、桜が春を告げる。


「どんな困難にあっても人々が立ち上がることができるように、これらの写真を100年後、千年後までも残そうと誓ったんです」。


 写真展の冒頭に、大沼は陸前高田の桜を選んだ。「どうしてもこの姿を残さねばならない」と思った一枚だ。──あたり一面に瓦礫が広がる。1本の桜がたっている。太い幹に、津波で流された数百個の養殖牡蠣が、筏やロープごと容赦なく巻き付いている。それでも咲き始めた桜を、夜明けの月が静かに照らしていた。