成田空港の到着ロビーに、白人の老紳士が姿を現した。
戸田記念国際平和研究所の森田博は、身体を精いっぱいに伸ばしながら目印のプラカードを掲げた。
「ハロー、ドクター!」
紳士が相好を崩した。米平和学者のグレン・ペイジ(ハワイ大学名誉教授)である。
2001年(平成13年)10月30日。創価大学で行われる記念行事に出席するため来日した。
東京の宿舎へ向かう車中。
池田会長の知己であるペイジは、7年ぶりの再会を控え、気分が高揚しているらしい。饒舌に語りかけてくる。
「モリタ。聖教新聞の発行部数は、どれくらいだい?」
「では、一部あたりの価格は?」
「学会員の数は?それから・・・・・・・」
妙なことに関心をもつものだなと思いながら森田は応じる。ペイジは電卓を取り出し、計算しながら感嘆している。
ペイジは学生時代、大学を休学して朝鮮戦争に参加している。多くのアメリカ人同様、軍事力の必要性を認めてきた。悩み抜いた末に「非暴力」と「不殺生」という終生のテーマに辿りついた。
現実というものの重みを知っている。大国が無理を通せば道理が引っ込む。それが、この世界である。その冷厳な現実の前で、平和平和と唱えるだけの空しさを嫌というほど見てきた。平和運動?理想と現実と政治の狭間で際どいバランスを取りながら堅実に運動を進めていくことが、いかに至難か。
人件費、移動費、会場費・・・・・・シンポジウム一つにも、資金面で辛酸をなめきってきた。
「多くの平和運動を見てきた。どの団体も、必ず経済的な次元で苦労する。立派な理念を掲げても、肝心の原資が確保できない。理念だけでは平和を現実にする力にならない」
森田は膝を打った。
聖教新聞の部数を聞いてきた意味がわかる。
「池田会長は、これだけの組織をつくり、大部数の新聞を発行し続けている。確固とした”トータルマネージメント”のうえに、平和運動を進めている」
車は平日の首都高速を加速していく。遠くに新宿のビル群が見えはじめた。
「会長こそは・・・・・・」
研究歴40余年の平和学者は結論した。
「ジーニアス(天才)だ」