1983年(昭和58年)、西郷に大役が回ってきた。映画『小説吉田学校』で若き田中角栄に扮する。
森繁久弥(吉田茂役)、芦田伸介(鳩山一郎役)ら大先輩との共演だが、モデルとなる政治家の多くは没していた。現役の政治家として、田中は超大物だった。
「私の役をやるんだったら、一週間、通いなさい」
田中から直々に呼ばれ、役作りのため、田中邸(文京区目白台)と砂防会館(千代田区平河町)に交互に通った。
砂防会館には田中の個人事務所や、自民党大派閥だった木曜クラブ(田中派)の事務所がある。ひっきりなしに政財界の要人が出入りしている。
保守正解の領袖である。来訪者への気配り、土産の品、伝言。どれも緻密で細かい。会食の場でも、食事に箸をつけない。
記憶力も抜群で、西郷の芸能活動を、つぶさに把握していた。魅了される反面”こんなカリスマを演じなければいけないのか”正直、ひるみかけたほどである。
精力的に動く田中本人には、さすがに直接は話しかけにくい。顔なじみになった秘書から、人となりを教えてもらった。
ある日、意外な一面を知る。
「創価学会の池田先生は、すごいね。うちのオヤジ(田中角栄)も、よく言っているんだよ」
田中の胸の内を明かしてくれた。
「オヤジが言っていた。自民党といっても、あらゆる階層の人がいる。これを調整するのは本当に難しい。まして創価学会は、あれだけ幅広い人たちで成り立っている。その学会をまとめているんだから、池田先生はすごい、と」
角栄さんが尊敬している人物─西郷の脳裏に、池田会長の名前が強く刻まれた。
映画『小説吉田学校』が完成後、西郷は「次は誰の役をやりたい?」と映画関係者に聞かれた。頭に浮かんだ人物は一人だった。
小説『人間革命』が映画化されたとき、若き池田会長をモデルとする山本伸一の役は、残念ながら、西郷に回ってこなかった。
白羽の矢は、あおい輝彦に。西郷とはNHKドラマ『若い季節』で共演。「テル・テル」と話題になった間柄で、今も仲がいい。
「絶対、僕がやったほうが良かったという自信があります」
少し悔しげな表情。
「でも、あおい君、なかなか雰囲気はありましたね」