師に捧ぐー12巻の完結        ブラジルの老雄 | EIKOの気まぐれ闘病日記

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  『人間革命』執筆のドラマの最終章は、ブラジルである。そこには、94歳の老雄が待っていた。アウストレジェジロ・デ・アタイデ。1898年(明治31年)生まれ、ブラジル代表として、国連の「世界人権宣言」の起草に尽力。ブラジルの独裁政権に抵抗し続けた。文字通り「人権の闘士」である。

 1993年(平成5年)2月9日、午後9時。リオデジャネイロ・ガレオン国際空港(当時)。アタイデは2時間も前から、待合室のソファに身を沈めていた。池田の到着を待っていた。アタイデの健康を心配するSGIスタッフ、しかし、一笑に付した。

「私はもう100年近くも生きているのです。94年も池田会長を待っていたのです。1時間や2時間は、何でもありません」


 アタイデは独裁政権に抵抗し、獄中生活を重ね、3年間亡命した。ジャーナリストとして書いた記事は、コラムだけで5万本。「70年間、毎日2本」書き続けた計算になる。

 アタイデが池田を知ったきっかけ。それは、ともに「世界人権宣言」に携わった友人の家族から聞いた話だった。ブラジルSGIのメンバーとも交流を深めた。そして決断した。池田に、自身が総裁を努める「ブラジル文学アカデミー」の在外会員就任を要請したのだ。

 終身制の同アカデミー。40人の国内会員と20人の在外(海外)会員で構成される。在外会員には、ロシアのトルストイ、フランスのゾラ、マルロー、イギリスの社会学者で牧口常三郎も影響を受けたスペンサーなどが名を連ねてきた。池田はアジア人初の就任となる。