「学会を辞めないと、葬儀に出席してやらない」「地獄に堕ちるぞ」 全国の寺で、どれだけ多くの学会員が、これらの心ない言葉に胸を痛めたか、数知れない。
毎月13日に寺院で行われる「御講」のたびに、週刊誌片手の「説法」が始まる。池田への罵倒を繰り返す僧たち。
大分・日田市。女子部の責任者だった武部和子は、「理不尽な言葉に悔し涙を流しました」と回想する。「”二つ心”は許されない、いったい、寺につくのか!学会につくのか!」学会によって寺が興隆した事実を忘れた、自分勝手な恫喝である。それでも、衣の権威に弱い人々は学会を離れていった。
「御講」で武部の隣に座った、日田の一粒種了正ミサヲ。うつむき、悔しさで小さな肩を震わせている。立ち上がった武部。「御僧侶には逆らうな。僧俗和合のためだ」と幹部に言われていたが、我慢ならなかった。「私たちのことは何と言われようとかまわない。しかし、なぜ池田先生の悪口をいうのですか!」
秋田の小松俊彦は耳を疑った。大曲市や仙北郡の学会員の葬儀で、日蓮正宗の僧が「創価学会は謗法です。だから、この故人は成仏しない」と得意げに言い放ったというのだ。暴言は一度や二度ではなく、各地で続いた。
参加者には当然、学会員でない人もいる。「何だ、このぼんず(坊主)は」と呆れられ、遺族は、深く何十にも傷つけられた。
「学会を辞めないと、葬儀には行かん」と脅され、脱会届けを書かされた人もいる。
「坊主がこないと、世間体が悪い・・・・・」と思ってしまう旧習深い地域には、甚大な影響がある。温和な秋田人の心は千々に乱れた、
これが人間のすることか。小松たちは、全身の血が逆流するような思いを、かろうじて抑えていた。
「僧侶は敬うものだ、という常識があった。そこにつけこみ、初七日や四十九日に『寺につくか。池田と一緒に地獄に行くか』と脅した。そのたびに脱会者が増えた」と西山秀隆や坂本竜馬は証言する。
「もうちょっと我慢すれば、直るべな、戻るべな・・・・・そう言い聞かせて、同志を励まし続けた」(伊藤栄吉)「坊主の最大の狙いは、池田先生と会員の絆を切り裂くこと。ここをたちきらなかったら、自分たちの出番がなくなると思ったんでしょう」と小松は語る。
東北では、山形の米沢、宮城の石巻も苦しめられた。
「値打ちがなければないほど、自惚れが強くおうへいですし、いよいよ尊大ぶり、いよいよ気取ります」このエラスムスの警句そのままの姿が、列島の各地に現れていた。