戸田二代会長の生命論よ り法華経寿量品第十六には「方便現涅槃」とあり、死は一つの方便であると説かれている。例えてみれば眠るということは、起きて活動するという人間本来の目的から見れば単なる方便である。人間が活動する面から見れば、眠る必要はないのであるが、眠らないと疲労は取れないし、又溌剌たる働きも出来ないのである。そのように人も老人になったり病院になって、局部が破壊したりした場合において、どうしても死という方便によって若さを取り返す意外にない。