日蓮大聖人御在世当時は、国中に念仏が充満し、極楽寺良寛などが権力と結託して利益を貪っていました。それ故に大聖人は、時の権力者に「立正安国論」を提出し、3度にわたり「国主諌暁」をされました。 日蓮仏法の国教化は否定されています。
国教化して、信仰心のない人々から供養を受ける事は、日興上人の「謗法の供養を請くる可からざる事」に反します。日蓮仏法は、大聖人と日興上人の麗しい「師弟不二」の精神、日興上人と一閻浮提の御座主・日目上人との「師弟不二」の精神があったからこそ、700年の間、日連仏法が形骸化した形ではありますが、受け継がれてきました。
創価学会も同じように、初代牧口会長と第二代戸田会長の麗しい「師弟不二」の精神があり、戸田会長と池田名誉会長との麗しい「師弟不二」の精神が貫かれているのです。
日興上人は、佐渡流罪にもお供され大聖人のお側で、常随給仕をされました。創価の師弟も同じです。戸田会長は獄中で「先生が早く出られますように」と200万遍を超える唱題を実践する中で、法華経を身読し、自身が地涌の菩薩の1人として虚空会の儀式に参加していたことを悟達され、自身が広宣流布をすると強く決意され、出獄後の生涯を、広宣流布に捧げられました。
池田会長も常に戸田会長のお側で仕え、師匠を支えるために夜学を断念しました。戸田会長は、夜学を断念した池田会長に、10年に渡り万般の学問を授けられました。
政治への挑戦を決意されたのは、戸田会長です。戸田会長は「将来学会出身の議員が国政に会派を作る時は、公明会としよう」と遺言されています。
大聖人から日蓮仏法の奥義を口伝された日興上人が、「御義口伝」などに教えを残されたように、池田会長は戸田会長の指導をすべて書き残し、学会の重要な儀式を8ミリフィルムやレコードに残しました。
戸田会長が構想した「地球民族主義」を掲げ、「東洋広布」「世界広布」の構想、先師・牧口会長と、恩師・戸田会長の悲願であった、創価教育学を実践する「創価大学」を始め創価一環教育の学校を創設しました。そして世界中に、日蓮仏法、先師、恩師の思想を宣揚しました。
創価学会の組織は、麗しい「師弟不二」の精神が脈打っているので、何があっても強いのです。