昭和35年7月16日、日蓮大聖人の「立正安国論」提出から700年の日に、池田名誉会長が沖縄を初めて訪問されました。
「私のパスポートの忘れえぬ最初の刻印は、わが沖縄である。世界54カ国への足跡は、ここ沖縄より始まれり」
名誉会長は「どんなに貧しくとも、沖縄は将来「東洋のハワイ」になる」と語った。
初訪問の日、創価学会沖縄支部の結成大会には、会場の那覇市内の体育館に1キロ以上の長い行列ができた。
「アメリカの占領地であれ、沖縄に暮らす人々は日本の同胞です」
「祖先のためにも、子供のためにも、繁栄していただきたい。幸福になっていただきたい。また全世界のためにも、貢献していただきたい。これが創価学会の使命であります」
「どんなに立派なことを叫んでも、生活の上にその証拠が出たか、出ないか。これが最も重要です。この証拠をつかみとっていただきたい」と沖縄の同志を激励した。
昭和39年12月2日、名誉会長は沖縄本部にて、小説「人間革命」のテーマである「1人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命をも可能にする」を執筆されました。
名誉会長は、小説「人間革命」を執筆するにあたり、戦争で最も苦しんだ沖縄の地で執筆されました。
2002年(平成14年)11月、創価学会 沖縄研修道場がオープンした。
この土地は、1960年代の東西冷戦時代に、中国へ向けた核ミサイルの発射台でした。名誉会長の提案によって、核ミサイルの発射台をそのまま残し、内部に平和展示室を設置しました。それは「軍事基地を不戦の砦に」との思いからでした。
沖縄研修道場には、マレー諸島南東部にある、紛争地帯の代名詞と言われた東テ
ィモールから団体で見学に訪れています。
戦争の惨禍にに苦しんだ沖縄は今、堂々と世界に誇る「正義の沖縄」となりました。
「沖縄を『立正安国』の島にとの誓いは、今も変わらない。