昭和59年当時、管長との「目通り」に向かっていた名誉会長が内事部で、十数人の僧侶と出くわした。内事部は、一般信徒立ち入り禁止である。
名誉会長は「皆様、いつもありがとうございます」と、深々と頭を下げた。
僧侶は無言。礼を返すどころか、名誉会長が向き直って歩き始めた瞬間、一人の坊主が、ひそひそと名誉会長の声色を真似ながら「皆様、いつもありがとうございます」と頭を下げてみせた。他の者たちは、ほくそ笑んでいた。
また、1981年に大石寺に新築された、宗務員庁舎を、名誉会長が訪れた。
油でも塗ったように、廊下がツルツルに光っていて、そこにフェルト地のスリッパが用意されていた。
同行していた、斎藤カメラマンは「これは危ない」と感じた。
斎藤カメラマンは、足を取られた名誉会長を支えて歩いた。
すると、上の階から幾つもの、坊主頭が首を伸ばし、覗き込んでいた。
斎藤カメラマンが睨みつけると、さっと頭を引っ込めた。
平野恵万の証言。「宗門が何不自由なく暮らしていけるのは、すべて池田名誉会長の外護があっての事です。しかし、坊主たちは、それが面白くない。まさか、大功労者の名誉会長に、面と向かってなにも言えない。その分、何かにつけて陰口を叩いていた」