詩人は謳った。「民衆は海である」
「常に民衆とともに歩め」
ここに、1人の人物がいる。
池田大作
昭和3年生まれ。
19歳、太平洋戦争の敗戦から2年後の夏。師と仰ぐ人に出会い、「民衆の海」へ船出した。
いまだ、誰も成し遂げたことのない大航海。
「こんな島国で、そんな絵空事を」
嘲笑う人は数知れなかった。
32歳の5月、師の後を継いで立った。
以来、50星霜。嵐の朝も、霧の夜も「民衆の海」の中で舵を取り続けた。
「それが師匠との約束だから」と。
迫害があった。中傷があった。裏切りがあった。分断を謀る者がいた。無数のレッテルが貼られ、心ないデマが飛び交った。
「虚構は、事実を以て粉砕される」船の名は「創価学会」
その航跡を辿ると ―
「日本」が見えてくる。
「世界」が見えてくる。
「人間」が見えてくる。
池田大作とその時代。
小説『人間革命』は、池田の師・戸田城聖の伝記小説であり、創価学会の歴史が綴られている。
昭和49年5月30日。
イギリス領の香港。九竜駅。
中国国境へは列車で1時間ほどかかる。日本から中国への直行便は、まだない。
「いよいよ第一歩だ」
国境の手前、羅湖駅。
鞄を左肩にかけて、書類をつかむ。
池田大作、46歳。中国領の深せん駅。百メートルの道のりを、池田は歩いて国境を越えた。
日中国交正常化から1年8ヵ月。初訪中の瞬間である。
初訪中の一行を最初に出迎えた中国人は3人。中日友好協会の一員である。
「こんにちは!」流暢な日本語が響いた。
中日友好協会の一人が、小説「人間革命」の主題である、「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」
を、暗誦してみせた。
他の一名も「人間革命」を熟読していた。
学会側は驚いた。広州へ向かう車中、対話が弾んだ。
人間は分かり合える。国境、言語、イデオロギー。人類を分断する幾多の壁を越えて、池田はただ「人間」を見つめていた。
初訪中の際、北京の宿舎で(池田名誉会長は)『私はこのあと、ソ連に行く』と語った。その時中日とソ連の関係は最悪だった。
その言葉に続いて、静かに、しかし、毅然と、不動の信念で語った。
『ソ連にも人間がいる。民衆がいる』