ロシアが誇る作曲家『Tchaikovsky / チャイコフスキー』。
叙情的で流麗な旋律に華やかで効果的なオーケストレーション。
バレエ「白鳥の湖 作品20」や「ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 
作品23」の他に「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35」
「交響曲第6番 ロ短調 (悲愴) 作品74」などが有名作品。
鉱山技師 (工場長) の次男として誕生し、1840年から1893年の時代
を生きた。Tchaikovsky が同性愛者であった事も知られている。

 



 

 

若き頃の Tchaikovsky は法律を学んでいたが、やがて音楽の道に
方向転換すると和声の授業を受講し始める。ミュンヘンの精神科医
『フォン ミューレンダール』博士の研究によると、Tchaikovsky は
26歳から52歳までの36年間に12回の鬱病期を経験していたと言う。
メランコリックという表現が彼の作品には用いられるが、『悲愴』の
作曲時には過去を思い浮かべていたのか、或いは鬱症状が曲に反映
されているのか、後世では精神分析学としても度々扱われている。


〈 Tchaikovsky Symphony No.6,'Pathetique' 〉

 

 


Tchaikovsky の日常生活というのは、健康のために2時間の散歩を
した後、紅茶を飲みながら1時間ほど新聞や歴史関係の雑誌を読み、
17時になると更に2時間の仕事をする。夕食は20時でトランプ遊びを
好んでいたと伝えられている。常に散歩は彼の創造性に欠かせない。
アイデアをメモ帳に書き留めると、帰宅後にピアノで肉付けする。
『フォン メック』夫人に宛てた手紙の内容には、彼の作曲過程を
伺わせる記述が確認されており、貴重な資料として吟味されている。

「この曲は、私の全ての作品の中で最高の出来栄えだ。
 私はこの交響曲に魂の全てを注ぎ込みました。」

Tchaikovsky の人生そのものを120%表現したであろう交響曲。
作品全体の構成としては『ソナタ形式』で仄暗い序奏部が始まり、
やがて第1主題が弦 (ヴィオラとチェロの合奏) により現れる。
この悲愴を1893年10月16日に自らの指揮で初演した後、10月25日に
53歳で他界している。生前の Tchaikovsky は浴びるように酒を
飲んでいたと言われており、典型的なヘビースモーカーであった。
周期的な頭痛や神経衰弱に悩まされていた彼は精神安定剤も服用。

泣きながら作曲した事を Tchaikovsky は手紙の中で述べており、
これは聴衆に向けた謎として残るプログラムである事を記している。
『悲愴』は交響曲の歴史に於いて破格の作品でもあり、楽曲構成や
特にフィナーレが独特な陰鬱さを帯びている。コントラバスの重低音
が独り言を呟くかの様に終焉を迎える時、聴衆が曲の締め括りを確認
しながら拍手を送るわけだが、「神のみぞ知る」という究極の宿題を
Tchaikovsky は敢えて余韻を残す意味で鳴らしたのではないか。


〈 Tchaikovsky Violin Concerto in D major,Op 35 〉

 

 


そこで Tchaikovsky の有名な『ヴァイオリン協奏曲ニ長調』は、
1878年に作曲されたヴァイオリンと管弦楽のための協奏曲であり、
『Beethoven』『Mendelssohn』『Brahms』の三大ヴァイオリン
協奏曲に本作を加えて「四大ヴァイオリン協奏曲」と称されている。
しかし Tchaikovsky が作曲した当時では周囲に理解されずに酷評。
やがてロシアのヴァイオリニスト『Adolph Brodsky」氏により
作品の真価が認められて、世間に広まったと伝えられている。

ソナタ形式で、第1楽章では Mendelssohn のヴァイオリン協奏曲
と同様に展開部の後にカデンツァが置かれており、全ての音が書き
込まれている。独奏ヴァイオリンによる華やかな技巧に誰もが惹か
れてしまう。カデンツァ (伊:cadenza 独:Kadenz) というのは
独奏楽器や独唱者がオーケストラの伴奏を伴わずに、自由で即興的な
演奏や歌唱をする部分の事を指し、元々は終止形としての和声進行を
意味している。名人芸的な技巧を示し華美な装飾的楽句とされる。

ソナタ形式というのは楽曲形式の1つで、その構成は基本的に
(序奏 提示部 展開部 再現部 結尾部) から成り、2つの主題が
提示部や再現部に現れる。特に大規模なソナタ形式の作品では序奏を
伴うことが多い。提示部では第1主題 (主調) と第2主題で書かれて、
第2主題に於いては、第1主題が長調の場合は属調で、短調の場合には
平行調で書かれているのが一般的。展開部では提示部で表現された
主題を変形、変奏させる。転調を用いる場合が多く「核」の部分。


〈 Tchaikovsky  The Nutcracker くるみ割り人形(ピアノ)〉

 

 


再現部では先述した2つの主題が名の通りに再現される。
ソナタ形式というのは単純に言うと提示部 (A) 展開部(B)再現部
(A') とも考えられるので、三部形式の一種とも言える。大規模な
ソナタには結尾部 (Coda) が付く事が多い。これまでの主題を中心に
楽章を終止に導くための部分。(第二の展開部)。時代を経ていくに
連れてソナタ形式は様々な変化を遂げてきた。またソナタ形式の基に
なった『ロンド形式』というのは、主題部分が挿入部分を挟んで、
再び主題へと戻り、その回旋を何度か繰り返す楽曲形式のこと。

当時の音楽家たちの間では珍しく Tchaikovsky は高等教育を受けた
後に音楽教育を受けており、音楽家としてのスタートは非常に遅い。
以下の作品は『弦楽セレナード ハ長調』で、五度関係を用いながら
緩やかなアーチ状の構成を成しており、単純明快な調性が特徴的。
おそらく誰もが1度は聴いた事のある旋律で、世界的な有名作品。
彼自身が敬愛する『Mozart』の精神に立ち返るという意図から
作曲されており、Tchaikovsky らしいメランコリックな序章。


〈 Tchaikovsky Serenade for Strings in C major, Op.48 〉

 

 


Tchaikovsky はウクライナに祖先を持っており、キエフに置かれる
音楽院の名は『Pyotr Tchaikovsky National Music Academy 
of Ukraine / ウクライナ国立チャイコフスキー記念音楽院』。
彼自身はウクライナに出自がある事を意識しており、祖国を愛した
事でも知られている。同性愛者でもあった Tchaikovsky は恋愛面
においても苦労しており、元々は世間体を気にするタイプな為、
それを隠すために敢えて女性と結婚している。(破局に終わった)

他人との接触を極力避けるために、田舎や外国での生活を好んでおり、
そんな時期に完成されたのが『白鳥の湖』。旋律の儚さや切なさの
背景には精神を病む程の苦悩があったと伝えられている。このバレエ
作品の台本は、中世ドイツにおける伝説、幻想的な物語によるもので、
全曲を通して聴くと2時間30分程の大作。一般的には抜粋や組曲が通例
として馴染み深い。『眠れる森の美女』や『くるみ割り人形』と共に
「3大バレエ」作品として評価されており、誰もが御存知の曲ばかり。


〈 Tchaikovsky Swan Lake 白鳥の湖 Suite Op.20 〉

 

 


1988年 Tchaikovsky はドイツの演奏旅行を行った際に、Brahms
との出会いを果たしており、興味深い事に二人の誕生日は同じ。
Brahms が1833年5月7日、Tchaikovsky が1840年5月7日。
同じ時代を生きた巨匠二人は互いの存在を意識していたはずで、
交響曲の調性順序が似ているという不思議な逸話も残されている。
私が大好きな音楽家であり伝記でも読んだ Tchaikovsky と Brahms。
想像するだけでも凄い時代であり、まさに芸術的な奇遇性でもある。

叙情的であり憂愁を帯びた旋律に秘められた静かなる情熱。
華麗な夢物語の中を歩むかの様な秀逸のオーケストレーション。
極寒の厳しい真冬に凍てついた絶望の淵から這い上がる芸術。
そんな表現が Tchaikovsky には相応しいかもしれない。


〈 Tchaikovsky Piano Concerto no.1 op.23 〉