〈 contents 〉


 春霞
 織姫と彦星
 せなかあわせのふたり
 君の悲しみが僕の涙にすり替わる
 約束の丘

 

 

 

 

 

 

                           : 春霞 :

薄紅色の香りは何処へ 微かな陽射しに煌めく眼差しは
流離う白昼夢の中で 過ぎ去りし想いは鏡文字を綴る

灰色の水車が廻る季節に 草木の芽生えが漲る季節に
せせらぐ無垢な憧れたちは 薄氷の温もりに手をかざす

二人の面影は春霞 梅桜は咲き残る
囁く声すら聞こえない 五月雨の音だけが聴こえる

二人の面影は春霞 何時しか忘却の彼方で
空の青さを知るのだろう 幸せの意味を知るのだろう

 

 

 

 

 

 

          : 織姫と彦星 :


引き離された二つの魂は 五色の短冊に想いの丈を書き綴る
そよ風に揺らめく笹の葉に 願いを込めて飾り付けた
織姫の魂は天上の川を渡り 彦星の魂に出会う
15光年を超越して かけがえのない約束を果たす

真夏の夜の夢は置き去りのまま ヒグラシの鳴く声に耳を澄まし
北十字星を見詰めるばかり 青白いダイヤモンドはリラで寂し気
な音色を奏でる 無数の恒星が折り重なる入道雲 夏の大三角形

二人の悲しみが増してしまい 川を渡れず滴る頃に
天帝の命を受けたカササギの群れが現れた
翼を広げると織姫を乗せて 西側で待つ彦星の元へ飛んでいく
やがて二つの魂は 年に一度の逢瀬をするようになった

織姫の魂は天上の川を渡り 彦星の魂に出会う
15光年を超越して かけがえのない約束を果たす
催涙雨が地上に降り注いだ七夕の夜
それは あまりにも美しい光景だった




     

 

 


         : せなかあわせのふたり : 

紫陽花が咲き誇る季節には 淡い想い出と懐かしい香りが
木漏れ日が降り注ぐ昼下がりに 背中合わせの二人は居眠りしてる
恋心なんて抱かなくても 愛し方なんて知らなくても
摩訶不思議な二つの魂は そっくりな夢の中で通じ合う

僕が描いた絵画を君が観て 君が描いた絵画を僕が観た
部屋の片隅には扉があり あどけない君が隠れている
時折 顔を覗かせては何やら喋り出す君が
まるで鳩時計の様に思えて微笑ましかった

二人が擦れ違うときには 繋がれた紐で引っ張り合うから
慌てて後ろを振り向いてしまう癖は 今も昔も変わらない
瞳の奥の向こう側 記憶が屈折した蜃気楼 燃える様な月
心の中を見透かしながら 行く手に先回りをして遊んでる二人

屈託のない笑顔を浮かべて 君が僕に手を振っている姿には
何千もの妖精たちが舞い踊りながら囁き合っていた
ステンドグラス窓から差し込む光背に美しく彩られながら

天の扉を開く宝石たちが 星の海を渡り終える頃に
降り頻る霧雨は止み 鳥達が優しくさえずり始める

紫陽花が咲き誇る季節には 淡い想い出と懐かしい香りが
摩訶不思議な二つの魂は そっくりな夢の中で通じ合う
木漏れ日が降り注ぐ昼下がりに
背中合わせの二人は居眠りしながら

 




      

 


      : 君の悲しみが僕の涙にすり替わる : 

君の悲しみが僕の涙にすり替わり そのまま流れていったとき
張り詰めていたものが砕け散り 壁のタイルが次から次へと
剥がれ落ちていく様な 魂が半分えぐり取られる痛みと感覚の中
たしかに僕は君の中で息づいていた

翌朝 冷静さを取り戻しながら僕は天井を見詰めている
(夢を見ていたのだろうか ... )
勝手に込み上げてくる涙が静かに頬を伝う
(何がそんなに悲しいのか ... )
昨夜の余韻が未だ微かに鳴り響いており
いくら払い除けても決して離れない

簡素に昼食を済まし 身支度を整えた僕は港へ向かった
汽笛が鳴り響き船が出向する頃
寄り添い歩く恋人たちが 写真を撮りながら手を振っている

遥か昔の記憶 ...  懐かしい感覚 懐かしい風景 懐かしい人
確実に僕は何かを思い出そうとしている
それを形にできたなら 色で現せたなら 音で奏でられたなら
どこまで時間を巻き戻せば その何かに出会えるのだろうか

蛹が綺麗な蝶に変貌を遂げるかの様に
あっという間に君は美しくなり
瞬く内に長い静寂の領域へと消えてしまった
そんな限られた短い時間の中で 二人は約束をする
言葉を交わしたわけでなく 物を交わしたわけでもない
密かに行われた魂の契約事 道標も記されていた

何時間 この場所に僕は佇んでいたのだろう
やがて夕闇が迫ってきた
立ち並ぶビルやマンションの明かりが灯り始める
防波堤に打ち上がる水しぶきを聴いていると
君の輪郭が鮮明に浮かんできた

昨夜の出来事が再び蘇ってくるときに
また溢れてくる涙を拭いながらも僕は
しがみ付く思いで幾度となく君に話かけた

(いったい君は 僕の誰 ...?)

(昨夜 泣いていたのは僕じゃなくて君なんだ ...!)

翌朝 目が覚めると僕は天井を見詰めている
(何か夢を見ていたのだろうか ... )
勝手に込み上げてくる涙が静かに頬を伝う





    

 

 

        : 約束の丘 :

ずっと長い間 心の奥底で渦巻いていた理由
どうしても切り離せないまま内在していた原因
そして幾つものシンクロニシティー

濃い霧に覆われた闇夜の迷宮を 夢現に彷徨う香油の香り
幻影さながらに微笑みを浮かべていた君は
僕の魂に寄り添う憐れみの真珠であった

触れようとした瞬間に引き裂かれた二つの魂
便りを綴ることも許されずに 筆さえも奪われてしまい
宛先の書かれた紙切れは燃やされてしまった
異なる道を定められた二つの魂は完全に疎遠となり
孤独なサイレントを 追憶の雨の中をひたすら歩き続ける

二つの魂は磁石のように引き寄せ合いながら
小さな奇跡の連なりに導かれていった
二人にしか解らない方法で合図を送りながら
かけがえのない愛で結ばれている事を伝えた

やがて 暗雲が一掃され七色の虹が架かると
あまりにも美しい夕焼け空が澄み渡る
黄昏に染まる街並みを背景にして二人は呟いた

(この時に僕は(君は)生まれたんだ ... )

転んで膝を擦り剥きながら 溢れてくる涙を堪えながら
二つの魂は約束の丘へと懸命に駆け上がっていく
息を切らしながらも ようやく辿り着いた聖園の地
しかし 肝心な君の姿が何処にも見当たらない

(自分の勘違い ...   妄想 ... )

遣り切れない想いに暮れながらポケットを探ると
油絵具のチューブが1本入っていた 咄嗟に僕は
ガードレールの側面に名前と現在の日付や時刻を記す
いつの日にか必ず君が この場所に訪れることを信じて

二人が織り成す魂の物語
二人が暮らしたエデンの園
二人が見上げた夜明けの明星

紅葉が煌めく季節
年月を経た後に再びあの場所へと向かった
すると僕が絵具で記した文字の横に 
同じく名前や日付が記されている

(君が訪れたのは3年後 ... ) 

夕陽が沈むまで 僕は筆跡を見詰めていた
涙が枯れるまで ガードレールにもたれ掛かっていた