父の退院が決まった。来週月曜日に退院する予定である。
本来であれば、退院は喜ばしいことなのだろうが、どうにも釈然としない。
たしかに、酸素マスクははずれたし点滴も取れた。だが、まだ尿道に管を入れられているし、なにより起き上がることもできない状態である。
父自身も、体力気力とも弱っている感じで、口にすることは自分の葬式のことや死のこと。
とても良くなっているようには思われない。
今は、国の方針で長期入院はさせないようにしている。入院が長くなると、病院の収入が下がる制度になっているそうだ。私の地元にあるN病院とS病院は、入院日数の短さを競っているという。
私のかかりつけ医は、「昔は、「医は仁術」といって「医は算術」という医者は軽蔑されていた。だが、今は「医は算術」になってしまって、「医は仁術」などと言う医者は「古い」といわれてしまう」とおっしゃっていた。入院期間が短いと、必要な治療を受けさせることができない、と。
「算術」のために、必要な治療も不十分のまま退院させるような現在の制度は、根本的に間違っていると思う。
5日には兄が帰省する。兄と会うことで、父の気力が今一度戻ることを心から願う。
「鞦韆(しゅうせん)」「ぶらんこ」は春の季語。5月といえば暦の上ではもう夏で「時季外れ」の気もするが、一句詠みました。
鞦韆の鎖冷たき軋みの音
