『ケインとアベル』へ
【内容】

大好きなのに、いつまでも一緒にいたいと思ったのに、ぼくの心を一瞬で奪った君は“消えてしまった”。君の存在を証明するのはたった数分のビデオテープだけ。それが無ければ、君の顔さえ思い出せない。世界中の人が忘れても、ぼくだけは忘れないと誓ったのに―。避けられない運命に向かって必死にもがくふたり。日本ファンタジーノベル大賞受賞作家による、切ない恋の物語。 (「BOOK」データベースより)



【感想】

宮部みゆきの『蒲生邸事件』のようなタイムトラベルもので、

読後中にノスタルジックな気分にさせ、最後は少し切ないラブストーリー。

最後の少女のビデオテープでの独白は、『蒲生邸事件』でのそれに酷似している。


但し本書はそれだけでない。唯の恋愛小説のようにも思えるが、

人間の"記憶"をテーマに如何にそれが危ういものかを提示している。

記憶にあるものを忘れないようにするため、人は記録する。忘れた場合には記録を見直せばよい。

では記録したこと自体を記憶からなり、忘れてしまった場合には、

その何かを思い出すことはできるのだろうか。

ましてや、記録した記憶もないのに、その記録を見させられても、

「それは本当に自分が書いたものだろうか」、「自分の妄想なのではないだろうか」という問題が付きまとう。

記録したこと自体を記憶から消えてしまっては、存在しないのと同義だろう。

人の記憶にあるからこそ、存在していると言えるのかもしれない。


人の記憶から"消え"ていってしまう少女・織部あずさを消すまいと躍起になる主人公・タカシ。

物語は日記を読んでいるかのようにタカシの一人称で進んでいく。

タイトルにあるように、あずさに会っている間タカシはあずさの事を忘れないと誓うが、

あずさが一時的に"消え"てしまった後、タカシはその誓いを忘れてしまう。


設定自体はファンタジーだが、情報化社会である現代では記憶にとどめることよりも

記録・ログに残そうとする傾向にある。人の思い出さえも記憶に留められない現代人への警鐘である。