ラジオ「まるごとえいじのコーナー」で、仏像についてお話しました。
動画を見ていただけたら良く分かるのですが、概要は以下になります。
■釈迦の時代にはお経も仏像もなかった
・釈迦の生誕は、紀元前560年
・インド、シャカ族の王子として生まれ、名前はゴウタマ・シッダルタ。
・結婚して、子供ももうけるが、29才で出家する。
・当初6年間は山にこもって断食などの苦行をするが、効果がなかったため、山を下
り、菩提樹の下で瞑想をして35才で「 悟り」を開く。そして、鹿野苑「 ろくやおん)
にて、最初の説法を行う。
・弟子や信者とくらし、説法をした場所に祇園精舎、竹林精舎がある。これらは仏教
寺院の原型となった。
・釈迦とは、シャカ族の牟尼 聖者)=釈迦牟尼を略したもの
・80才に沙羅双樹の下で入滅するまで、お経を読むとか偶像崇拝などはなく、釈迦
を教えを聞くだけだった。
■最初の仏像は釈迦像
・釈迦入滅後に、遺体は火葬され、その遺骨を信者が分けて持ち帰った。遺骨を「 シ
ャリ」と呼び、シャリを納めた墓を ストゥーパ」と呼んだ。これは卒塔婆の語源。
しかし、入滅後500年ほどは、仏像はなかった。
・紀元後~二世紀にかけて、ガンダーラ地方とマトーラ地方で、釈迦をモデルとした
仏像が作られる。釈迦は仏陀 悟った人の意味)と呼ばれ、仏像=釈迦像であった。
・一世紀ごろに一般大衆の救済を目的とした“大乗仏教”が起こり、仏を信仰すれば、
その慈悲の力で皆が救われるとした。大乗とは「 たくさんの人が乗れる大きな乗り物」
の意味。のちに小乗仏教と呼ばれる古来のものは、厳しい修行を通して個人的に解脱
を目指すといった大衆には受け入れがたいものだった。
・釈迦が歴史上の偉人から、超人的な能力を持つ釈迦如来となり、のち、阿弥陀如来や薬師如来、弥勒菩薩や観世音菩薩が生み出され、それらを形どった仏像を礼拝する
ようになった。
■仏像の種類
1. 如来
釈迦を含む最高位の存在。真理を会得して、その境地から衆生を救うためにやってき
た人。姿は基本的にみんな釈迦がモデル。有名なのは、浄土真宗の本尊である阿弥陀
如来。真言密教の大日如来。善通寺のご本尊、薬師如来。
2. 菩薩
如来の悟りを目指して修行中の者。姿は多種多様。有名なのは観世音菩薩、ものごと
の全てを見通していて、自由自在に衆生を救う。スタンダードな聖観音のほか、千手
観音や十一面観音のように手や顔がたくさんある変化観音もある。金剛力士は観世音
菩薩の変化した姿。日本では僧侶の姿をした地蔵菩薩も有名。変わったところでは、
釈迦入滅後56億7000万年後に現れるとされる弥勒菩薩。
3. 明王
ヒンズー教の神々を由来とし、真言密教で仏グループに取り入れられた。反仏教や信
仰を否定するものに向けられた怒りの顔をしており、煩悩によって揺れる人間の心を
諫めている。有名なのは不動明王で、護摩祈祷により、息災や増益を祈願する。
日本では戦国時代に直江兼続が信仰した愛染明王も有名です。
4.天
ここにいるのは天部といい、キリスト教の天国とは全く違い、位置的には人の上程度。
やはりヒンズー教の神々から取り入れられた。鬼の顔をした風神・雷神、吉祥天、弁
財天、鬼子母神がいる。人間界の悪事を監視している帝釈天は、 男はつらいよ」で有
名になった柴又帝釈天の題教寺の本尊。上杉謙信は、毘沙門天「 多聞天)の生まれ変
わりと信じられていた。ちなみに、女性である吉祥天は、鬼子母神の子で、毘沙門天
の妻です。東京の吉祥寺とは関係ないそうです。
■その他豆知識
・八部衆というグループに属する阿修羅は憎悪や怒りを司るヒンズー教の神でしたが、
帝釈天と戦って負け、天界から修羅界へ追放となり、改心して釈迦に使えるようにな
った。
・閻魔は、鬼神の王と地獄の王、二つの顔を持つ
・韋駄天は、釈迦が入滅してその歯を盗んで逃げた者を猛スピードで追いかけて取り
返した。