卒業式(高校) | うずらパパのブログ

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娘っ子ふたりの成長日記と、日々のトレーニングの記録。

3/17(火)卒業式


長女は朝から、ドタバタして、最後のさいごまで、遅刻の様子。結局、妻が声を掛けて、最終日も、妻が学校まで送りました🚙

(自分からは、お願いできない奴ヽ(`Д´)ノ )


この3年間、妻は毎日、学校まで🚙を走らせました。

それも、今日で最後にっこり 

毎日は、言い過ぎだけれども、一時期は、毎日だったと記憶する。


妻へニコ お疲れ様でした。




振り返ると、体調不安定だったのは確かなんだけど、やっぱメンヘラなんだろう。



高1の夏休みは、側弯症の大手術🏥

その時だって、妻は毎日お見舞いに行っていた真顔

学校は、ちゃんと公共交通機関で通えていたし、

友達にも恵まれ、なんとなく楽しそうだった。



高2になると、月経困難症のため、学校を休む日が多くなり、ドヨーンとした日々を送っているのを見て、親としてはなんとも言えない気持ち無気力

体調だけの問題ではなさそうだし。


茶道部も、いつの間にか辞めちゃったみたいだし。

腹痛で24時間、飲み食いせずにベッド🛌で寝てる日も。2024年さいたまマラソンの前日の夜は、とうとうボクも我慢できずに119要請。キッチンで横になって動かないし、何を聞いても答えない。到着した救急隊は、DVの可能性も考えて、両親は席を外してくださいッて。そんなことをしていたら、さいたまマラソンの防寒品をすべて忘れる始末ネガティブ



高3では、卒業できる出席日数がギリギリで、担任の先生からは、ボクにも何度も電話がかかって来ました📲

妻もさすがにキレた日がありました。

ほとんど学校に行かない日々。行く日なのかどうかも、聞いた所で答えない。

とりあえず進学。進学するのかも、明確な答えがないけれど、学費の納入やら、新しいPCを購入したり。

 

困ったちゃん。



ま、いよいよ学校も最終日。


自分のことを思い出してみると、同じようなもんかな?って。じゃ、つべこべ言えないか。


ボクと妻は、10時に2人で学校へ🚙

朝走った道をもう一度学校へ。片道20分だけれども、妻にとっては遠かったことでしょう。往復40分、そしてフルタイムの仕事に行くんですから。






妻は、謝恩会に参加(親は1人のみ参加ルール)の予定でしたが、「場違いだよ。行きたくないな。なんにもしない高校生活だった。はぁっ。場違いだよね。もっと一所懸命に高校生活を過ごした子たちの親と、話すことなんかないもん。」


ボクは何も言わなかったけど、(なんにもしなくはないよ。行きたくない日も、頑張って行ってた日もあっただろうし。まったく、無意味とは言わないけれど。)

何も言えない、を選びました。

だって、妻の想いは、ボクにはすべて理解できることではないし。沈黙、、、、。



「謝恩会に行きたくないなら、辞めたら。美味しいものを食べて帰ろうか。」

「じゃ、やめようかな。夕飯、(次女)食べに行けば良いよ。帰ってカップ麺でも、食べよう。」


しばらくすると、「あーぁ、なんにもしない高校生だったなぁ。」と、ココロの中の声が漏れ出る妻。


「よしっ、美味しいものを食べて帰ろうか❗️」と、もう一度誘ってみると、

「そうだね。」


青山のスパゲッティ(港区ではなく、相模原市)か、パペルブルグとかさ。高尾山口駅あたりも良いなぁ。と、提案したけど

「イーアス高尾で良いよ。お昼時だし、混んでるもん。空いている所に入ろう。」



イーアス高尾の鎌倉パスタ🍝にしました。

食べ終わると、少しだけ、気持ちもスッキリ。そのまま、八王子みなみ野のケーキ🍰を買って帰ろうと提案すると、

「そうだね。お祝いだね。」

イタリアントマトに寄りました。ついでに、榮太郎の開店時間(工場の直売所が90分だけ開いてるの?)がぴったりだから、寄ってみよう!ということになり、駐車場に入ってみると、シルバーさん達が行列。あんみつくらいしか食べたいものないから、諦めて帰りました。



まだね、なんとなく喉につっかかるものを感じる、ボクと、妻。

考えたって仕方がないんだからさ。

そこへ、次女が、帰宅。

夕飯のリクエストは、いつもと同じサイゼリア泣き笑い



食後、建物内の洋服売り場を通ると


ちびまる子 トレーナーが、半額❗️





うわ、悩む。

花輪くんなら、普通に着れるけど、永沢君はむり。

でも、野口さんも捨てがたい。

悩むけれど、本日、けっこうな浪費してますから、トレーナーは諦めました。



帰宅すると、ボクも妻も、アンニュイな気分もなくなったかな。


明日は、(水)通常運転。


さ、また、がんばろ~