今日は久しぶりに城ヶ崎さんを見た。
城ヶ崎さんはかわいい。
あの巻き髪と丸顔がかわいい。
世界で一番かわいい。
これは少し言い過ぎだ。
ちびまる子ちゃんのクラスの中では一番かわいい。
それはそうと、YouTubeで夜トレの動画を見た。
利食っていいともってやつを全てと、石田純一が出てるやつを冒頭少しだけ見た。
利食ってのほうを見た感想は、高野さんは為替に打ち込んでて楽しそうだなぁというものだ。
石田純一の方は、冒頭の話を聞いていてなんか石田純一は頭良さそうだなって感じで聞いていた。
そしたら早稲田大だとか、今も勉強しているみたいなことを言っていた。
勉強している効果なんだなと思った。
打ち込むとか夢中になるとか好きになるとか、そのような取り組みをできるというのはなんとも良いことである。
将棋を見ていても思うのだが、一つのことだけに集中して、他のことを考えずに、その世界だけに入り込める時間を持つというのは、すばらしい。
子どもの頃は、それがあったはずだ。
一つの遊びをしているときに、時間を気にせず、他のことを考えず、ただひとつのことだけに集中していた。
何時までに切り上げなきゃいけないだとか、明日の予定だとか、今日中にやらなきゃいけない他の予定だとかを考えることはなかった。
時間制限があったとしても、周りの何か(声やチャイムなど)に気づかされて切り上げるのであって、その時間を気にしながら遊ぶということはなかった。
あるひとつの自分のしている行動が自分の今後にとって有益かどうかなんてことは考えなかった。
しかし、今はそれがある。
今はそれをしていて楽しいはずなんだけど、それをしていていいのか?それが自分にとって良い選択なのか?という、疑問や心の矛盾を引き起こす。
旅団の団長とゴン、キルアの人質交換をするときのクラピカの心境にかなり近い心境だろう。
心音を聴けばセンリツには一目瞭然だろう。
いや、一耳瞭然というべきだろうか。
城ヶ崎さんを見ていることが好きだとして、一日中城ヶ崎さんを見ていることができるのか。
一日中城ヶ崎さんを見ていて得るものはあるのか?
恐らく、何もないだろう。
一日中城ヶ崎さんを見ていたいのだが、それが自分にとって有益であり、最良の選択と言い切れないと感じる矛盾。
そのときに、一日中城ヶ崎さんを見ているという選択をする勇気はなくなり、一番したいはずの一日中城ヶ崎さんを見るという行動を取ることができなくなる。
しかし、それはもしかして城ヶ崎さんが一番ではないのではないからではないだろうか?
一番は熊田曜子なのではないだろうか。
・・・。
オチがだめだ。
完全に失敗した。
もう寝る。