自信過剰


最近どうも自信過剰さが鳴りをひそめていた。


自分の一番良い部分であるはずなのに、である。


浜崎あゆみのevolutionを久しぶりに聴いていて、自信過剰な自分を突然思い出した。


昔、この歌を聞いていた頃は自信過剰だったのだろうか笑。


鳴りをひそめていたとはいうものの、ココスの面接や豊証券の履歴書で自信過剰な部分はにじみ出ていた。


豊証券の履歴書は、トレーダーとして実績があるから適当に書いても受かると高を括っていた。


2行で1文字やボールペングリグリ消しは、こんなことをしても余裕で受かるという自信の表れであった。


でも、落ちるようだ笑。


担当者にキャッチにあった際に、「これじゃあ落ちるぞよ」と言われたが、おれは素直に聞いていた。


なんで素直に聞いていたんだろう?


これが、大人になるとか、丸くなるとかいうやつだろうか。


いづれにしても、やはり自信過剰な部分が鳴りをひそめていた。


本来、絶好調なら、「これ(この履歴書)でダメだって言うなら、それはおれを獲得するチャンスを失うだけだよ。企業の収益を押し上げたいなら、そんなこと言ってないで今すぐおれの採用を考えるべきだよ。」と言うはずである。


MJK マジか!?


若いにもほどがある笑。


でもこういった勢いが、このところずっと無かった。




ココスの面接では、「為替をやってれば、いくらでも稼げる」と言う発言に対し、「すごい自信ですね」みたいな返しがあったが、要するに自信過剰だったんだな笑。


この程度で自信があると思われても「・・・」という感じである。


いつでも○ヵ月で○倍にできるって言ったら、それは自信過剰だが、期間も何も指定していないのに、自信があるとか意味不明である。


こちらも絶好調なら、「3年程度で御社を買収できると考えております。」とでも言うだろう。


さらに、「部下として迎え入れるか、それともおれの下で働くか決めてください。」とでも言うだろう。


しかし、さすがにここまでの自信はない。


買収資金を用意する前に、上場廃止されてしまっては手が出せなくなる。


こっそりやる分には十分に自信がある。


これが、やはり自信過剰なのだろう。


相手に対する配慮が足りないとも考えられる。


でも、勢いのあるこの方が良いな。





いつからだろうか。


相手に配慮し始めたのは。


おれが求めてる世界は、そんなんじゃないだろ。


「社交辞令は嫌いじゃ笑」というのが、おれだろ。


ざっくばらんな方が好きなんだろ。




自信過剰というのは攻めの姿勢である。


最近は、なぜか守りに徹してしまっていた。


おれは、そんなのは求めてねぇだろ。


守りの姿勢で保身を考えるなんて、らしくない。


そこには夢も何もないだろ。


そもそも、おれはあらゆるルールの上にいる、あらゆるルールを超越した存在だろ。


そうだ、その通りだ。







今から2週間はこの気持ちでいることにしよう。