最近、私は特殊警棒を購入しました。大学生の頃に警棒が欲しいと思ったことはありましたが、最近ではそのような気持ちはありませんでした。ところが、ある日ビルの窓から外を見た際に「ボディーガード」という店を偶然見つけました。大学時代に行きたいと思っていた店(場所は異なりますが)であることを思い出し、数日後、その店に立ち寄ってみることにしました。

 

店内で警棒を見ていると、店員さんから「もし警棒を触ってみたいのであれば、お声をおかけください」と言われ、会話をするうちに、結局、過去の自分に影響されたのか、特殊警棒を購入してしまいました。

 

私は小学生から高校2年生まで剣道を習っており、段位は三段です。そのため、警棒は護身用具として自分に合っているかもしれないと感じました。しかし、考えてみると、日本では警棒を含む護身用具を合法的に使用するのは非常に難しいのです。

 

軽犯罪法第1条第2号では「正当な理由」がない限り「人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯」することが禁じられています。また、各都道府県の迷惑防止条例でも規制されており、例えば岐阜県では岐阜県迷惑行為防止条例第2条第2項において「正当な理由」なく「人の身体に危害を加えるのに使用することができる物」を「公衆に対し、不安を覚えさせるような方法で携帯してはならない。」と規定されています。迷惑防止条例では「隠して」という要件がなく、「公衆に対し、不安を覚えさせるような方法で」という条件が課されています。これらの規定は、軽犯罪法と迷惑防止条例が相互に補完し合っていると考えられます。

 

警棒を購入する際、店員さんに「持っている時に警察に職務質問されたら面倒ですね」と雑談のつもりで話したところ、「買って持ち帰るのは運搬なので正当な理由ありで大丈夫です。その後持ち歩くと警官の気分次第ですが、正当な理由がないと軽犯罪法に違反しますね。」と返答がありました。迷惑防止条例についての言及はありませんでしたが…

 

私は法学を専門としており、かつて警棒を欲していた時にも調べたので軽犯罪法をはじめとした法規制について知っていました。護身目的の場合で「正当な理由」を満たすことがいかに難しいかも理解しています。実際、この要件をクリアするのは非常に高いハードルです。

 

近代国家では「自力救済原則禁止の法理」というものがあり、実力行使は原則として公権力に委ねられています。私人が勝手に実力を行使して権利を守ることができると、社会秩序が乱れる可能性があり、公平な第三者による判断が介在しないと力の強い者の判断で善悪が決められてしまう危険があります。そのため、私人間の紛争については公平中立を建前とする司法機関が裁定し、刑事事件の場合は国家機関が取り締まりを行うという構造がとられています。

 

自力救済禁止の具体的な事例を考察してみましょう。例えば被害者Vが街中で知らない人(ここでは仮にX)からいきなり襲われて腕時計を奪われたとしましょう。この場合Xが暴行脅迫を腕時計を奪う手段として用いれば、その強度によっては強盗罪か恐喝罪、暴行脅迫がなければ窃盗罪などの犯罪が成立する可能性があります。腕時計を奪われたVは警察に被害届を提出し、その日は家に帰りました。次の日、Vが駅前のカフェで寛いでいたところ昨日Vの腕時計を奪ったXが店に入ってくるのが見えました。Xはまだこちらに気がついていないようです。Vとしては腕時計を取り返すチャンスだと思いXにバレない位置に移動し様子を観察することにしました。Xは昨日Vから奪った腕時計をつけているようです。そうこうしているうちにXが店から出ようとしたのでVもXを見失わないように距離を空けながら後を追いました。Xはどんどん人通りの少ない裏路地に入っていきます。後を追いながらVも不安になりましたが、ここで見逃したらいつチャンスが訪れるか分からないと思い追跡を続けました。その時Xがいきなりスマートフォンで電話をかけ始めました。Vは会話の内容を全て聞き取れたわけではないもののXが「昨日間抜けな男から腕時計を奪ってやったぜ!今もその腕時計をしている。」と述べているを耳にし、目の前の男がVから腕時計を奪った犯人Xであること及び現在目の前の男がしている腕時計が昨日奪われたVのものであることを確信しました。Xは通話をしながら歩いていたため周囲の状況をしっかりみておらず躓き、後頭部を打ちつけ悶絶していました。これをみたVは周りに人もいない今がチャンスであると思い立ち、悶絶しているXの腕から自らの腕時計を外して取り戻しました。Vは「ふざけるな!」と叫んでいましたが、構わずVはその場から走り去りました。

 

上記の事例の場合、素朴な感情としては自分の時計を取り戻して何が悪い、むしろ盗んだXが転んで痛い思いをしていて胸がすく思いがすると考えるかもしれません。しかし、Vの行為も立派な窃盗罪なのです。VがXから襲われ、まさに奪われようとしている時に抵抗して奪われるのを阻止していれば事案によって正当防衛が成立し違法ではくなることもありますが、これは正当防衛が緊急行為として例外的に認められているものであるからに過ぎません。正当防衛の成立要件についてはここでは述べません。

 

ただし、この自力救済原則禁止については、国家権力が全ての違法行為を即座に取り締まれるわけではなく、また法律に不備がある場合には救済されない人が出てくるという問題もあります。

 

外出時に襲われた場合、警察官がすぐそばにいることは稀であり、通報する暇もないかもしれません。仮に通報したとしても、警察官が到着するまでに大怪我を負わされるか、命を奪われる危険性もあります。しかし、護身用具の携帯を一般に認めると、その道具を悪用する者が現れ治安が乱れる可能性もあり、このバランスを取るのは非常に難しい問題です。

 

 

 

 

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