Barで過ごすひと時を・・・ with 小説『営業SMILE』 ~君の笑顔信じてもいいですか?~ -497ページ目

たまには執筆を忘れて・・・(作者もたまには休暇です)

『営業SMILE』 第一章 連載.39

 夜の九時過ぎ。片町スクランブル交差点の賑わいは最高潮に達している。先ほどまでと異なるのは、明らかに酔っ払っている連中が増えているという事。楽しそうに歌っている者。なぜかサンタの格好をしている者もいる。大晦日もここ歓楽街は賑わうのだろうが、年末一番の盛り上がりを見せるのはやはり今日クリスマスなのだろう。

 

「さてと。徹也君を探さないと」

 

とりあえずドーナツ屋の前に戻ろうと信号が青に変わるのを待っていた雄司。そこに声をかけて来た若い黒服がいた。黒いスーツで決めてはいるのだが、どこかまだ幼さの残るその顔で元気に話しかけてきた。

 

「お兄さん。キャバクラなんかいかがですか?」

 

随分ダイレクトに言ってくる男だった。それにしても本当に街宣が多くなった事を実感させられる。街宣というよりキャバクラの出店が多くなったという事なのだろうか。

 

「今からフェンディーに行くところだよ。だいたい今も予定外にローズで飲んでいたところだって」

 

行く店が明確に決まっていれば大体の街宣は諦めてくれる。その時のお決まり文句は《ではその後お待ちしていますので声をかけて下さい》である。この黒服も同じだろう……そう思っていたのだが。

 

「フェンディーですか?じゃあ黒服に連絡とりますよ」

 

そういって携帯を取り出す。

 

「え?フェンディーの街宣?」

 

「違いますよ。でもある程度の横つながりで、仲の良い店同士なら連絡とれますから」

 

「そうなんだ。片町のネットワークもすごいね」

 

「自分もそうする事でバックが入りますからね。今日なんかだと自分の店が混みあっているので、友達の黒服に紹介するんです。互いにそうやって上手くお客さんをまわすんですよ」

 

「じゃあ徹也君も連絡とれる?」

 

「もちろん。っていうかフェンディーは徹也さんしか知らないですけどね」

 

そういって携帯で徹也に連絡を取ってくれる。今まで色々と街宣を見てきたがこの男も始めてのタイプだった。見た目と違ってある意味しっかりとした男である。

 

「すぐに来てくれるみたいですよ」

 

「ああ、有難う。ところで名前はなんていうの?」

 

「そうでした。自分の店の宣伝も忘れていましたね」

 

名刺を一枚とりだし雄司に差し出す。

 

「CLUB・Isの比呂斗です」

 

「クラブ・アイズ……。」

 

「こられた事ありましたか?」

 

「行った事はないね。よく聞くんだけれども」

 

「じゃあ今度お暇な時はぜひ声をかけて下さいね」

 

「安くしてくれるのなら考えるよ」

 

「もちろん。通常料金で麦酒飲み放題をつけます」

 

「期待しない程度に覚えておくよ」

 

街宣の黒服と楽しそうに話をする連中はあまりいない。中にはいるのだが大概行きつけの店がある場合だった。雄司はその人懐っこさもあって、着々とスクランブルに知り合いが増えていく。相手が街宣であっても人と話す事が心を満たしてくれるから。そうして片町という存在にどんどん依存していくことになっていった。

  

To be continued〕

 

 

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『営業SMILE』 第一章 連載.38

「失礼いたします。そろそろお時間なんですが……」

 

時間が来た事を黒服が告げにくる。なんだかあっという間に過ぎた一時間だった。なにせ亜由美とはドリンク争奪の話しかしていなかったのだから。

 

「延長でいいよ。まだ乾杯もしてないし」

 

亜由美が勝手に答える。ここはいつからVIP席になったのだろう。自動延長制にしてくれとは一言も言っていないのに。

 

「おい亜由美。今日はマジ用事があるって言っただろ?もう行かなきゃ」

 

真に受けそうだった黒服を引き止めるように反論する。

 

「えー?まだ一時間しかいてないよ?」

 

「正確には君は三十分もいなかったけどね」

 

「なんで今日の雄司さんそんな意地悪ばかり言うの?やさしくない」

 

「しっかり勉強させてもらったからね。また来るからいいだろ?」

 

直立不動で返事を待つ黒服。冷静に今日は雄司を引き止められそうにないという事が分かっているのだろう。早くしてくれと言わんばかりにそわそわとしている。

 

「あの……どういたしましょう?」

 

「チェックね」

 

「かしこまりました。」

 

亜由美が言葉を入れる間も無く黒服はキャッシャーへと向かった。

 

「ちょっと雄司さん。今度来た時はシャンパンで乾杯してよ?」

 

「わかりましたよ。シャンパンね。一番安いやつで」

 

「もう……本当に意地悪ばかりだね」

 

支払いを終わらせて席を立つ。亜由美に連れ添ってもらいながら店を出るが、外には入店待ちの列ができていた。クリスマスに寂しい思いをしている男達の多い事よ。そんな事を考えていたがすぐに自分も同類だという事を思い出し悲しくなった。

 

「ねえ、雄司さん?」

 

エレベーターを待っている時、亜由美がふと怪訝な顔で聞いてくる。

 

「他の女の所に行くんじゃないよね?仕事だよね?」

 

女の感のするどさに息を飲んだ。俺の顔はそんなに判りやすいのか?それともやはり俺の携帯電話には亜由美の隠しマイクか何かが…。

 

「なんて。そんな訳ないよね」

 

亜由美はニコニコと笑いながらそう言うが、雄司は心臓が止まる思いがしていた。もっとも亜由美にそこまで気を遣うほどの関係ではないのだけれども。

 

「雄司さんにクリスマス・プレゼントあげる。携帯貸して」

 

「えっ?なんで携帯なんか」

 

「いいから早く」

 

幸い常にロックをかける習慣があったので、そのままコートから取り出した携帯を亜由美に手渡した。亜由美はポーチからシールの様な物をとりだすと、携帯の画面の隅にそれを貼り付ける。

 

「はい。これでいつでも亜由美が一緒だよ」

 

満面の笑顔で写っている彼女のプリクラがしっかりと貼り付けられていた。

 

「えっ?マジ?嬉しいなあ……って。この携帯もちろん仕事でも使うんだけども」

 

「皆に見せびらかしたらいいじゃん」

 

「いや、あのね。やっぱりこういうのは……」

 

「剥がしたりしたらきっと泣いちゃうから」

 

「……わかりました」

 

「あ、エレベーターが来たよ」

 

開いたエレベーターに乗り込みボタンを押す。元気に手を振る彼女の姿が閉まる扉に隠れていった。 

 

To be continued〕

 


 

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『営業SMILE』 第一章 連載.37

周りの席にいた客達の視線が雄司に向けられている。非常に気まずい状況。今この場で強気にでる程の度胸は雄司にはなかった。

 

「ごめん。言い過ぎでした」

 

相手選手が放った先制ジャブ。その軽い一発をなめてかかったが故に出した大振りのストレート。この一発で今日の主導権を握れると思っていたのに、拳はただむなしく空を切る。あいつはその隙を見逃さなかった。伝家の宝刀クロスカウンター。その一撃は雄司にかなりのダメージを負わせた。俺はこいつに勝てるのだろうか?

 

「隣……座っても良いの?」

 

「早く座れよ。三十分…亜由美さんを待っていたんだから」

 

彼女は席に座ってからもハンカチを目にあてている。その涙は本物にしか見えない。っというよりも本当に泣いていた。

 

「今日来て欲しいっていったのに、三十分も待たせたら雄司さんも腹が立つよね」

 

「でも亜由美さん人気があるから仕方ないよ」

 

「人気なんてないよ。雄司さんくらいしか亜由美指名してくれないもん。今日はたまたま場内が入ったんだよ」

 

それなら今日待たされた三十分はいったいなんだったのだろう?だいたい瀬菜も指名が被っているからと言っていたし。色恋営業されるのも楽しいから良いのだけれども、たまにキャストの発言の矛盾に突っ込みを入れたくなる時もある。もちろん今日はそんな事は出来やしないのだが……。

 

「亜由美さんそろそろ泣き止まないと」

 

「ごめんね。雄司さんの顔を見たら仕事の事も忘れちゃって」

 

「まあ俺たち客側からしたら、仕事だからではなく素で話をしてくれたほうがうれしいけどね」

 

「雄司さんは違うよ。最近はお客さんって思ってないもん。私キャバ嬢失格だね」

 

やっと涙も止まり亜由美も笑ってくれた。目が真っ赤になっている事を言うと、恥ずかしそうにハンカチで隠している。女優は役を演じる時、自由自在に涙を流す事ができるという。ホステスは客好みの女を演じる女優……なんて誰かが言っていたけれども所詮プロの役者ではない。亜由美の涙は本物だった。実際に泣いていた。営業でなく本当に俺に会いたかったのか?女の涙は最終兵器。知らずの内に雄司は亜由美の行動で頭が一杯になっていた。もう少しで大切な事を忘れるところだったのだが……。

 

「うん。もう大丈夫。涙も止まったよ」

 

「良かった。俺もどうなる事かとドキドキしたよ」

 

笑顔を取り戻した彼女はいつものように元気に話してくる。

 

「ねえ。雄司さん?」

 

「何?」

 

「なんだかたくさん涙を流したら、喉が渇いちゃった」

 

「で?」

 

「ドリンク頼んでもいい?」

 

「あはは。……駄目」

 

色恋の魔法はかけた本人によって解かれることとなる。俺は大丈夫だと思っていたのに気がつくと相手のペースにはまっていた。まだまだ修行が足りないのか、はたまた向こうが上手だったのか。なんにせよラッキーだったのは、亜由美が最後の最後でポイントに眼が眩み墓穴を掘ってくれた事。もう少しでフェンディーに行くという目的を忘れるところだったのだから。

 

 

To be continued〕

 

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『営業SMILE』 第一章 連載.36

「瀬菜さんお願いします」

 

黒服が瀬菜を呼びにくる。せっかくなのでもう少し話をしていても良かったのだが、そういうわけにもいかない。

 

「それじゃあゆっくりしていって下さいね」

 

瀬菜は軽く手を振ると早々に席を立っていった。

 

店に入ってから結局三十分は過ぎている。さすがにシステム上から考えてもそろそろ亜由美が来るはずなのだが、あいつはどういう先制ジャブを打って来るのだろうか?亜由美はレギュラーメンバーだけあって生粋の夜の女。テレビなんかでよくみるキャバ嬢特集なんかに出てきそうなタイプ。そういえば昔そんな番組を見ていて、モザイクのかかった客を馬鹿にしていたものだけども……今の俺はその客の一人。困ったものである。っと、そんな事を考えていた時誰かが近寄ってくる気配を感じる。

 

「雄司さん。本当に遅くなってごめんね」

 

ヒロインの遅すぎる登場だった。この限られた空間の中、どこをどう走ってきたのか息を切らした素振りをみせる。私はあなたに逢いたくて大急ぎでこっちに向かってきたの。そういう設定なのだろうか?

 

「本当に遅いよ。帰ろうかと思ったくらいに……」

 

待たされていた事に腹を立てていた雄司は思わず本音を口にだす。不貞腐れて天井に向かって煙草の煙を吐いた雄司。視線を下げてどんな顔をしているのか確かめてやろうとしたのだが……。

 

「何?帰るって……。私雄司さんにやっと会えると思って大急ぎで来たのに」

 

震える声でそうつぶやいた亜由美の顔に笑顔はなかった。大きな瞳は今にも零れ落ちそうな涙液が蓄えられており、少し唇をかんだその表情で雄司をまっすぐに見つめていた。

 

 

To be continued〕

 

 

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