いい天気の中・・・家の近く、矢巾町の煙山(けむやま)というところにある、菜の花畑を見てきたよ。抜けるような青空と、一面の黄色い菜の花。デジカメ忘れた・・・と、ケータイでパシャリ。ほんとは岩手山をバックに撮りたかったのだが、絶好のシャッターポジション付近に、特大の、くまんバチが待機していた。近づこうとすると、瞬間移動かと思う程の、一瞬で距離をつめてくる威嚇。デンジャラスだよ。危ないよ。嫁が怯えるので、岩手山とのコラボは諦めました。夏にはここ、ひまわりが咲き誇ります。また来よ。
東松島市、小学校に避難している同級生より電話が来ました・・・悲惨・・・そんな一言で片付けるにはあまりに言葉が足りません。まわりにあるのは、流されてきた車と遺体。300~400人収容できる避難所に、1900人がぎゅうぎゅうにいる状態で、ガソリンが不足しているため、支援物資も来ていない。 食事は一人1日乾パンひとつだそうです。町は、無法地帯の様相で、ニュースや新聞には出ていないが、物品を奪うための殺人も発生、鉄パイプを持った集団が、お店を襲って、金品を奪う、といった事件が発生しているそうです。同級生のいる避難所では、自警団を結成して、時間交代で見張りをしているようです。自衛隊は来ていない、ということです。・・・・なんなんでしょうか・・・悲しくて・・悔しくて・・胸が張り裂けそうで・・涙がとまりません・・・同級生は「地獄だよ・・君には見せたくない・・」とつぶやきました。国、自衛隊、海外からの救援隊 の皆様!助けて下さい!!どこに連絡すればいいのでしょう?無力だ・・・私には、一人でも多くの人にこの現実を知らせることくらいしかできないのです。
東日本大地震 盛岡より二晩、ろうそくの明かりの中、過ごしました。こんなに地面て揺れるものか・・・怪我はなく、情報に飢えておりましたが、つい先ほど、住んでる地域が停電から回復し、テレビ、ケータイの電源確保できました。ずっとラジオのみが情報源で、映像は皆無。聞こえてくる『壊滅』という、言葉の響きに、ただ、ただ、不安を募らせておりました。宮城の沿岸地域に住んでる家族の安否が確認できておらず、石巻、東松島市の映像をテレビで見るたび、胸騒ぎがやみませんが、希望を持って、連絡をとれるよう、様々な手段を駆使してみようと思います。沿岸地域へは、電話は通じず、メールも送信できません。生存を信じるのみです。