昨日、うちに来たひまわりさん。
じっと見ているうちに、
お花屋さんの店員さんの言葉を思い出した。
似ているようで、微妙に異なる
ひまわりの中から
これだ、という1つを選んでいるとき、
ふと花びらが少しよれているようなひまわりと、
しっかり張っているひまわりが目についた。
”こっちの拠(よ)れてるひまわりは、
悪くなってきているという事ですか?”
”いえ、元々なんですよ。
それぞれの花に、それぞれの特徴が
あるというだけです。”
ちょっとぶっきらぼうだけど、
花の知識と愛を感じるこの店員さん
スコーンと頭をはたかれたような気がした。
それぞれの個性があるのは
私達も同じ。
完璧で、真ん丸こそが 良い◎という
誰かが決めたルールに当てはめて、
拠れている部分をむりやり引っ張ったり、
拠れているから、わたしはダメなんだと
低く評価したり、
拠れているところを隠したり。
なんだか、可哀想。
1つ1つ違っていても、
ひまわりは、それぞれに輝いている。
わたしはどうだろう?
前より比べなくなってきたけれど、
やっぱり無意識のエリアで
比べていたことに気づく。
そもそも、その無意識の違和感が
あったから、店員の話が響いたんだ。
ひまわりなのに、
ガーベラになろうとしたり、
バラになろうとしたり、
朝顔になろうとしたり。

それぞれに生まれもった個性は
この人生で体験したいと思ってきたことを
体験するために備わっているのにね。
そろそろ、それを生かそう💛
他人から良いとされる個性も
そう思われにくい個性も、同等に生かそう💛
表面に上がってくる感情は
丁寧にすくってクリアリングすればいい☺
その方が、隠しつづけて生きるより
よっぽど満たされるはずだから💛💚💜


