保元の乱 part5
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鳥羽法皇崩御
新体制が成立すると、後白河法王とと頼長の奥さんの実家の出身である藤原忻子が御成婚しました。
それに対抗するため、守仁天皇と美福門院の娘である姝子内親王の婚姻が相次いで行われました。
ところが、保元元年(1156年)5月、鳥羽法皇が病に倒れてしまいます。
鳥羽院の後ろ盾を失っては、美福門院・忠通・院近臣にとっては重大な政治的危機となります。
そのため病床の鳥羽院に請願し、源為義・平清盛ら10名に祭文(誓約書)を書かせ法王の死後も美福門院に忠誠を誓わせました。
それから1ヶ月後、7月2日申の刻(午後4時頃)に鳥羽法皇は崩御しました。
崇徳上皇は臨終の直前に見舞いに訪れましたが、対面は許されなかったのでした。
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無策の崇徳上皇に対し画策し包囲網を着々とつくりつつある美福門院陣営
これからどうなっていくのでしょう。
*久ぶりの歴史シリーズUPしてみました。(=⌒▽⌒=)
