ハーバードビジネススクールの教授で、「イノベーションのジレンマ」を著したクレイトン・クリステンセン氏は、日経ビジネスの2005年の記事のなかで、ソニーの革新的なイノベーションが失われた原因はMBA取得者によるマーケティングであると語りました。
ソニーでは過去の新製品開発の意思決定は社長であった盛田昭夫氏が下していましたが、MBA取得者を採用するようになってから、徐々に市場調査とデータ偏重の商品開発に移行していき、それが破壊的なイノベーションをソニーから奪ったと語っています。
確かに市場調査は、すでに消費者が認識している顕在ニーズの把握であるため、革新的な商品やサービスをそこから生み出すことは難しいと言えます。
任天堂の創業家の山内博氏が「画面を2つ使ったらええ」というアイデアを出し、それに対してスーパーマリオブラザーズを開発した宮本氏が「1つの画面をタッチパネルとして使ったらどうだろう?」と言ったことがニンテンドーDSの開発に結びついたことは有名ですが、こうしたアイデアは市場調査からは出てこない発想だったと思います。
革新的な製品で市場を席捲しているAppleも、スティーブ・ジョブズがトップダウンで意思決定することで、こうした製品を次々と世に送り出しています。
市場調査とデータ分析を通じたマーケティングでは新たなイノベーションを生むことができないというのは、MBAで教えるマーケティング手法の限界の1つだと言えます。
もう1つのMBAホルダーによるマーケティングの限界は、高級ブランドの世界にあります。
エルメスには「マーケティング」セクションがないと言われています。
この理由を、高級ブランドは「作り手の強烈な主観とこだわり」から生まれるもので、消費者のニーズから生まれてくるものではないからだと、早稲田大学の教授である遠藤功氏は、その著書「プレミアム戦略」で分析しています。
つまりマーケティングによって高級ブランドが大衆のニーズに迎合してもブランドの価値は高まらないばかりか、むしろブランド特有の尖りを失う可能性が強いということで、ニーズを聞かずにブランド特有の価値を押し付ける方がブランド価値に貢献するということです。
こうしたブランディングもMBAホルダーのマーケティングでは一朝一夕には達成できません。
MBAでは大定番であるコトラーを皮切りに、多くのスタンダードなマーケティングの手法を学びます。
ただこうしたマーケティング手法には限界があり、通用しないエリアがあることもよく理解した上で、ツールとして利用していかないといけないということだと思います。