
今週末は英語部ありませんよ~

しっかり台本読み込んで、そろそろ台本離れをして行きましょうね

ひとまず、次の英語部授業の時までに、各自のセリフの3分の1は完全に覚えて下さ~い


チェックしますよ~



言語は毎日やりましょう

iPhoneからの投稿









前回書いた、とことん自主練をする
で、思い出したのでなんとなく…
私が、留学していた頃の事を書きます…
私は高校生の時にオーストラリアへ留学しました
英語の成績は最悪…
海外なんて行ったことなかったし、飛行機に乗るのも人生で2回目
という恐ろしい状態で出発した私… ははは…
英語が話せるようになりたい、というのが留学の動機では無かったんです
でも、当然英語ができなければ生活できるわけもなく…
留学先の高校ででる宿題だけでも、毎日、毎日、必死の思いでこなしていた思い出があります。
はじめに行ったのは、学生寮のある私学の高校で、勝手がわからず、宿題に没頭するあまり、晩御飯を逃してしまったこともあります。
(そのうち私の分は取っておいてくれるようになりました
)
私学で、ちょっとした進学校だった為か、容赦ない勉強量…
最初の頃は、宿題全部終えるのにしょっちゅう夜が明けてしまってました
それでも、楽しくて楽しくて、ちっとも苦じゃなかった。
日本にいた時は、勉強なんて全く興味がなかったし、どうやって毎日を遊んでやろうか
しか頭になかったのに、留学先では楽しくて仕方なかったんです。
環境が変わっただけで、こんなにも自主的に勉強できるんやぁ…

なんて、はじめの頃は単純に喜んでいたけど、だんだんとそうではない。ということに気がついて行きました。
確かに、オーストラリアに来て、何もかもが新鮮で楽しかったかもしれない。
でも、日本で勉強が面倒臭かった私も、今、オーストラリアにいて自分から机に向かっている私も、同じ私ではないか…ということに目を向けた時、今、こんなに努力できている自分に気付いた時、私は自分の甘さを痛感したのです。
私は環境が変わったからという、それだけの理由で力を出せてるわけか…
こんなに力があったのなら、今の力が私の最大値だというなら、きっと日本にいた時の自分だって、同じ自分なのだから、同じだけの力を出せたはずなのに…
どうして、やろうと思わなかったのか?
どうして、やる気になれなかったのか…
全部自分だ…
私が、やらなかっただけだ。
持ってる力に気付きもせず、使おうともせず、甘えて、余力を持って、出し惜しみする感じ…
時間…もったいなかったなぁ…
それが留学して1番初めに学んだことかも知れない。
環境が変わってできる位なら、最初っから出し惜しみせずに、自分の最大限出して生きてくれば良かった。
それなら、環境が変わった後、もっと先に進めたかも…
今まで無意識に、これ以上は無理、できない、と限界の線を決めていたのかも。
そんなことを考えて、その無意識の限界の向こう側にいるだろう新しい私を意識した時、なんでもやってやろう!って思った。
きっとこれが進化ってヤツやな!
だいたい、今の力が本当に最大値なのかどうかも疑わしい…
まだまだイケるんじゃ!?
なんて考えながら、自分って意外となんでもできる。という、プラスの考え方を手に入れた気がする。
その後、なんでもやり過ぎて、留学中に旅行、転校、家を借りて1人暮らし…とやりたい放題になっていくのだが…


それだって、結局は同じこと。
日本にいたら、転校手続きや家さがし、電気や電話を引いてきて、家電を交渉して長期レンタルする…なんて、多分親が一緒にしてただろうこと。
親がするだろうと勝手に決めてたこと。
意外に自分でできるから、自分で決めて、自分でしました。
たいしたことではないかも知れない。
でもそうやって、自分のことを自分で決めて、自分で進む。
何にでも無理、できない、の線を引かない。
そのことが、私の人生を急に輝かせたような気がするのです。
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というワケです





