遊閑倶楽部 -14ページ目

ふと思う

稽古の帰りです。


今回は七つのストーリーをするので、ストーリーごとの稽古になります。


昨日はいかつい男軍団、今日は優雅な女性たちと稽古しました。



実は今回の舞台はキャスティングも自分つとめました。


声をかけるのも勇気がいりました。舞台みてどうしても出てほしいと思った役者さんや知り合いの尊敬する役者さんに声をかけたりして現に至ります。


ふと思うのです。


関ヶ原の戦いの石田三成はこうゆう気持ちだったのかなと。


賛同してくれた武将たちがどれくらい有り難かったことか。



今回の出演者を武将みたいな感覚でみてます。


強い武将ばかりでいつもドキドキします。



裏切りはない。常にファインプレーだ。



もう本番までに一ヶ月きりました。



成功させる。
母も無事に退院させる。
周りで支えてくれている人達に感謝を忘れない。

色々な思いが交差する。


倒れるわけにはいかないので「食事」にも気を使いたいと思います。



ではグー

今日も稽古なのに雪で交通事情が心配だショック!


度々雪に泣かされます。

バレンタインのチョコを外で販売している人達を見た。


寒そうだ。


寒いなか立ち止まるひともなくこんな日に出店して可哀想だと思いました。



今日は母のとこへ行けない。


状態が悪くならないことを祈るばかり。


もう母は1週間、飲食をせず点滴と酸素をつけてます。早く手術の傷が癒えてくれれば良いな。


息を吸うのも吐くのも、食べるのも飲むのも、歩くのも少しずつ慣らしていかないといけない。


昨日は歩行練習を少ししたみたいです。


明日は稽古もあるけど少しでも母のとこに長く居れるようにしようと思います。



雪はどうなるかな?
怪我や事故のないように気をつけてください。

手術

1月30日 9時 母の左肺摘出手術が始まりました。


母が癌になってから、病院と縁のなかった私は、毎日病院へ通いました。


ガンの治療へ入る前一ヶ月半は検査であちこちへ母と病院へ通いました。


ようやく治療法決まり入院してから抗がん剤と放射線の治療が始まりました。

2ヶ月治療入院し、ようやく手術できるまでになり、一度退院し、再入院し、手術しました。



まだ気が抜けませんが、ここまで長かった。

手術出来たことが奇跡です。



成功しましたと執刀の医師に言われました。

ありがとうございました。


母のとった肺を見ました。

肺ってすごくおおきいんですね。


左肺は4 右肺は6の割合で活動してるそうです。


右はもっと大きいんだ。


ICUで寝ている母を見て顔色が悪くなく、しっかりしていたので安心しました。



手術室へ行く前は放心状態で話しかけても耳に入ってこない感じで、手術室の隣に家族の控え室があり私と妹に「ご家族の方はこちらでお待ちください」と案内され入ろうとしたら、母も一緒に部屋へ入ってきて、看護師さんに慌ててとめられてましたあせる



手術は五時間かかりました。


お医者さんの集中力ってスゴイですね。母も頑張りました。


寝ている母に「頑張ったね」と声をかけると小さく首を横にふりました。

「頑張ってないの?」と聞くと首を縦にふりました。


妹と彼とそれを見て笑っちゃいました。

こんな時でも笑わせてくれる母がスゴイなと思いました。



まだ気は抜けないけどよくなるよう出来ることをしたいです。



たくさんの人に支えられてます。

自分にできることで恩返ししていきたいと思います。


ありがとうございます。

これからもどうぞよろしくお願い致します。


八木ケイコ